(9)2-2:白い群れ

***

 茶色いマイケルの中に少しのわだかまりも無かったかと言われればウソになる。

 あの時、風ネコさまが茶色いマイケルたちを『風の獣』から落とさなければ、大空ネコさまの権能を使う事も無かったし、それによって大地の神さまを起すことも無かった。それに、風ネコさまが大地の神さまを滅ぼしさえしなければ……という想いが、胸の奥には確かにあったんだからね。だけど、

『どうかあの子を嫌わないであげて』

 そう言ったオーロラネコさまの声がまだ耳に残っていた。それに、バイバイするような恰好で動きを止められていた風ネコさまの姿が重なって……。茶色いマイケルはどうしてもこの神さまを邪険にする気にはなれなかったよ。

「茶色ぉ……」

 果実のマイケルの心配そうな声に振り返れば、3匹揃って『これ以上神に関わるのは止めた方がいい』、そんな顔をしている。だけど茶色いマイケルは、

「ちゃんと話をしてみたいんだ」

 そうきっぱりと言った。

 ちゃんと話をして、ちゃんと納得したい。神さまは”理不尽をネコの器に入れた”だけの存在なのかもしれないけれど、風ネコさまの行動を考えてみると、どうしてもそれだけとは思えなかった。何かもっと深い事情があるような気がしてならない。

 それに、”雪”と”約束”のことだ。風ネコさまの口から時々出てきていたけど、聞く機会がなかった。少なくともそれをはっきりさせたい。

 その決意に応えるように、3つのうなづきが返ってきた。それに自分の分を1つ足して、茶色いマイケルは再び、獣姿の風ネコさまの正面に立ったんだ。

「お、おい、君! そんなに近くによると危ないぞ……!」

 尻もちをついたシルクハットの紳士ネコが、あとずさりながら心配してくれた。茶色いマイケルは、

「大丈夫。知り合いなんだ。ありがとう」

 と応えた。紳士ネコはまだ困惑しているみたいだったけどね。

「風ネコさま、少し話をしたいんだけど、今いいかな」

 大きく息を吸いこむと、藁たばのような、動物たちの匂いが鼻の奥を満たした。

 すると、

『んー……え!? オレかー? オレに言ってんのかー?』

 素っ頓狂な返事がきた。

 しかし表情を見ればグルグルと唸り声をあげている。なんだかちぐはぐだ。

「え、あ、うん。ボク、風ネコさまと話しがしたいんだ」

 ちょっとばかり意表を突かれたけれど、むしろ話しやすくなったかもしれない。これなら、あの時のことを気兼ねなく聞けるに違いないと、茶色いマイケルは一歩前に出た。

 意を決して話をはじめる。

「ボクね、風ネコさまに初めて会った時、ちっとも怖い感じがしなかったんだ。他の神ネコさまを初めて見た時はスゴク怖くて、姿を見るだけでもブルブル震えてたのに、風ネコさまがあの雪の中で声をかけてくれて、それから姿を見せてくれて……」

 茶色いマイケルはまっすぐな気持ちを丁寧に伝えるために、始めから順に話していこうと思ったんだ。うまく伝わるかどうかはわからない。けど、心を開いて話せばきっと分かり合えるって思ったからさ。

 だからもう一歩前に出て、獣姿の風ネコさまの顔に、思い切って手を添え――。

『おーい、それはただのピューマだ』

 ――肩にトン、と軽い重みが乗ってくる。

『オレこっちー』

 見れば、小さな神ネコスタイルの風ネコさまがいた。

 次の瞬間、茶色いマイケルの近くからすらっとした神ネコさまが物凄い勢いで逃げていき、ついでにシルクハットの紳士ネコもそそくさと離れていったよ。

 あれ?

 と思った茶色いマイケルが、差し伸ばした手の先を辿っていくと。

 ピューマにかぶりつかれる寸前だった。

***

『よかったなー、手が残っててー。でもなんでアレとオレを間違えたんだー? 全然ちげーだろー』

 風ネコさまは茶色いマイケルの肩におしりをついて行儀よく座り、クスクスと笑いかけてきた。

 あの後すぐに灼熱のマイケルが後ろから引っ張ってくれたから助かったものの、少しでも遅れていれば、と思うとぞっとするね。

「だってさ、大きさは違ったけど同じ形だったからボクはてっきり……」

『大きさだけじゃなくって形も全然ちげーだろー。ちゃんと見ろよなー。ほれほれほれ』

「やめてよしっぽ! ちょっと気持ち良いんだけど!」

 茶色いマイケルはパタパタと顔に打ちつけられるしっぽの柔毛に夢見心地になりながらも、どうにか理性を保って話をしようとした。他のマイケルたちが「はよ話せ」みたいな目で見てたからね。

 だけど用件を言う前に、今度は別の方から声を掛けられたんだ。

『あー! 茶色だー! 茶色がいるよー!』

『ホントだーホントに茶色い! ねーねー、しっぽ齧ってみていい?』

 えっ齧る? と振り返ってみた時にはもう、しっぽは抑えられ甘噛みされていた。

 そこにいたのは2匹の小さな神ネコさま。

 片方は氷だろうか、うっすら青く、透き通った色をしている。もう片方は少し重たそうな色の雪が器の中でゆっくりと降っていた。そのどちらも普通の神ネコさまよりも毛がふっくらとしていて体に灰色の斑点がある。思ったよりも重くて、がしっと掴まれたしっぽが自由に動かせなかった。

 いつも動かせるものが動かせないと、なんとなく息苦しいね。

「茶色、知り合いか?」

 尋ねてきたのは虚空のマイケルだ。言いたいことは分かるけど心当たりがない。

「ううん。たぶんボクの色が珍しかった……のかな? わかんない。ね、風ネコさまはこの子たちの事知ってる?」

 と、いつの間にか左肩に移って身を低くしている風ネコさまに話を振ると、

『風ちゃん? あはは、風ちゃんなんで隠れてるのー!』

『あー! ホントだ気づかなかったー! 風ちゃんこんにちはー』

 と今度は背中に飛びかかってきた。2匹はカーテンに張り付いたネコみたいに茶色いマイケルの背中にくっついたよ。パーカー越しに爪が刺さって痛いんだけど!

『うげぇー、見つかっちまったー。つーかなんだそのフォルムー』

『『コドコドー!』』

 すると2匹は茶色いマイケルの背中をトンと蹴って、地面に着地した。いや、うまく着地できずに『『きゃうん』』と鳴いて転がったんだけどね。

「コドコド?」

 その疑問に答えたのはまたまた別の声だ。

『ネコ科の動物ですよ。その子たちみたいにとっても小さいんです』

 見れば白い神ネコさまの群れだった。

 群れだからか、それとも目立つ色をしているからか、その後ろのネコ混みと比べるとひときわ存在感があったよ。大きいのが3匹と小さいのが3匹。その内、見慣れた神ネコスタイルは1匹だけらしい。他の神ネコさまはコドコドとも違った姿をしていた。

 小さく聞こえたため息は風ネコさまだ。

『……そりゃー、あいつらもいるよなー』

 すると、白い群れの中から1匹の大型神ネコさまが歩いてきた。その姿はさっき見たピューマのもので、器の中では雪が吹き荒れている。

『風様、ご無沙汰しております』

 ピューマの神ネコさまは茶色いマイケルの肩、つまり風ネコさまの前まで出てくると、おどろおどろしい声で、だけど丁寧にあいさつをした。

『あー……うん。別にあいさつとかしなくていーんだけどなー』

『そういうわけには参りません。眷属でありながらこうして自由に姉様たちと行動させていただいているのですから。雪雲なんてひっきりなしに』

『こーら吹雪。他の神の陰口なんて言うもんじゃないわよ? 氷柱つららみぞれもネコさんたちに迷惑かけないの』

 口を開いたのはこちらもピューマの器で、だけどほとんど透明な神ネコさま。コドコドのことを始めに教えてくれた声でもあった。

『ちがうよー冷気おねーちゃん。茶色に遊んでもらってただけー!』

『そーだよ、しっぽガジガジしてただけだもーん!』

 言って2匹の白いコドコドは、その場でゴロンゴロンと転がって、茶色いマイケルの足に体を擦りつけた。あんまり神ネコさまに心を許したくは無かったけど、これはたまらんと思わず顔がにんまりしてしまう。だけどそこへ、

『るっせーぞてめーらぁ! 冷気姉ぇがこう言ってんだからよぉー、黙ってハイサーセンだろうがぁー!』

 と白いジャガーが飛び出してきた。花の輪郭みたいな斑点があるからジャガーに違いない。茶色いマイケルはジャガーだけはすぐに分かった。かっこいいから!

 ぐわぉー! とひと吼えすると、茶色いマイケルの足元にいたコドコドたちがコテッと倒れた。泣いちゃうのかな、と思ったけど、

『雪崩ちゃんこわーい!』

『雪崩ちゃんうるさーい!』

 鈴の鳴るような声でキャッキャと笑いながら転がっていたよ。雪崩ちゃんと呼ばれた白いジャガーの神ネコさまは、

『ちっ、あたいの話なんて聞きゃーしねーんだからなー。わりぃな、茶色のぉ。悪さしたらシメちまっていーからよぉ』

 と言って茶色いマイケルにぺこりと頭を下げた。

『コッドコドにしてやんよー!』

『コッドコドにしてにゃんにょー!』

『あはは、みぞれ言えてなーい』

『あははー噛んだー』

 奔放に転げまわるコドコドたちの元気の良さに、圧倒されながらも目を細めていた時だ。今度はその向こう側で大きなざわめきが起こり、猫混みが押し開かれる。

 その中からは、ひと際強い冬の気配が、足元を這うように漂ってきた。

『こんなところにいたの』

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