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重苦しい鈍色の空に、黒雲が広がっていく。
空気が細かに振動し、星のどよめく声が一帯に長く留まった。
閃光が走った。
鋭く大気の裂ける音がして、轟(とどろき)がそのすぐ後を追う。膨れあがった光はすべてを飲み込み、影が地を這った。破裂音が天へとのぼり、そこからさらに落ちてくる。世界が白む。闇が覆う。轟く。割れる。
光と影と音とが激しくいがみ合い、空はますます荒れていく。
『この威力……いつの間にこんな』
嵐ネコさまの声が一瞬だけ聞こえて遠ざかる。古戦場ケーブ・ライオーネルの上空では今、巨大な黒いライオンによって、神さまさえ慄く攻撃が繰り広げられていた。
子ネコたちの目の前はさらに凄まじい。
すぐ左を雷蛇が駆け抜け、空気が焼かれて毛が焦げる。
正面には別の雷蛇が放たれて、頬を裂いたかと思えば縦に開いた口から何百という白雷の矢を放ってきた。まるで白波だ。
その光で自分たちの姿がはっきりと照らし出された。
虚空のマイケルを先頭に、その後ろ、右から灼熱、茶色、果実の順で横一直線、鏃(やじり)のような突撃隊形をとっている。茶色いマイケルの背中には小雨ネコさまが乗っていて、重さはほとんどない。
迫りくる雷の波からすれば、お風呂に浮かべたおもちゃもいいところ。ひと飲みされれば藻屑と消えることだろう。
けれど攻撃は当たらない。一糸乱れぬネコダッシュで縦横無尽に空を駆けながら、矢と矢との間にある、ほんのわずかな隙間をかいくぐり、逃げずに切り込み道を切り拓く。
その足元には雨があった。いくつもの水紋が華ひらき、透明な雨の道を空に描き出している。顕現するのは『雨の坂道』。オセロットの権能だ。
前後合わせて4メートルもない短い道は、子ネコたちの思い描いたとおりに先を変えていく。折れ曲がり、曲がりくねり、ひっくり返って反り返り、襲いかかる雷蛇、雷撃、白雷の矢、他にも不定形な雷、そのすべてを避けていた。
雷を、その目に捉えてから、避けていく。
下!
右へ急旋回した直後、さっきいた場所に極太の雷撃がつき立った。大きく弧を描いて駆け下りていると、
『当たらねぇ……』
神ネコさまたちのつぶやき声。
『雷雲さん、遊びすぎなんじゃあ』
『よく見てものを言え、どこにそんな……』
巨大スナネコの隣、口を開いて呆気にとられる大空ネコさまたち。その後ろにいる100万匹の神ネコさまたちもまた、巨大クレーターの中から空を見上げていた。
『おい、あれは――』
上空で、黒雲が立体的に広がり始めた。
皿のように丸い黒雲が八方に、千切れた雲を無数に吐き出していく。それらは広がりながらゆっくりと高度を下げていき、鳥かごみたいに一帯を取り囲む。
『檻(おり)か』
黒雲の檻。それは幾匹もの雷蛇をあちこちの断片黒雲に忍ばせて逃げ場を奪うんだ。だけど――。
どこかで吹かれた称賛の口笛が、ぴゅーっと耳を通り抜けていった。
『さっきからなんなんやあの攻撃』
吐き出される断片黒雲は、生まれたそばから散らされ消えていく。いつまで経っても檻は出来上がらない。
『どうやって消してんだよあんなもん』
『あの弱った神の権能、なのかな?』
『当たり前だろう、ネコにあのようなことできるはずが』
『いや、それよりもアイツら――』
雷轟がまわりの音を圧し潰す。
真紅の雷が空をさかのぼり、ライオンの背中からは黒雲が噴き出した。放電火花を散らしながら敷かれていくのは闇色の海だ。その勢いはさながら眼前で見る雪崩のよう。それでも。
『――ネコにしては速すぎる』
子ネコたちは、一瞬にして空へと上り黒雲に突っ込んだ。すると、闇色の海が短命な霧のようにたち消える。
『雷雲、お前、焦っているな』
黒雲を飛び出すとすぐ、巨大ライオンの横顔があった。そこにオセロットが声を張り上げる。
雷雲ネコさまは答えない。
『バカにしていた細神に一方的にやられる気分はどうだ?』
咆哮が放たれた。ねじり込むように渦を巻きながら波動は直進し、子ネコたちに喰らいかかる。のみ込まれる直前に『雨の坂道』は急降下。咆哮波動をくぐり抜け、息継ぎをするように空へと上がった。
それを待っていたらしい。
『だからなんだ小蝿。消え去れ』
あれは。
雷雲ネコさまの顔の前に光の玉が現れた。球雷だ。
狙った獲物を距離を保って追いまわし、膨張して消し炭にする追尾型の攻撃だ、と小雨ネコさまが言っていた。クラウン・マッターホルンでは危うく飲み込まれかけたこともある。
『あれはさすがに――』
けれど同情の声は続かない。
光の球の消し飛んだその向こう、巨大ライオンの顔が今度こそ驚きに染まる。
『力に執着するわりに扱いがお粗末だ。ネコのほうが扱いがうまいとはどういうことだ?』
攻撃は続く。けれど当たらない。一瞬一瞬に死がつきまとってくるのに、子ネコたちに追いつく気配は一向に見えてこない。
『弱者には爪も牙もないと思ったか。狭いのだ、世界が!』
無言で唸るライオンの、その器の中の黒雲はぐちゃぐちゃにかき乱れて表情があるのかどうかももう分からなかった。
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