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大柄な子ネコが近づいて、顔がずいと寄れば視界が埋まってしまう。
そこへ割って入る高い声。
「お前、ワシらにケンカを売るつもりか? いいだろう買ってや」
「待って待って灼熱、はやいはやいって! ねぇ、何のニオイを嗅いでるのか分からないけど、キミも誤解だって言わないとホントにケンカになっちゃうよ」
すると大柄な子ネコは灼熱のマイケルの方を見て、
「別にケンカになってもいいけどぉ。オイラ、自分より小っちゃいネコに負ける気はないもーんだ」
とアゴをつきだした。拳を握りこむ灼熱。しかし、
「ん~だけどさぁ、ニオイがするのはこっちの茶色い子ネコからなんだよなぁ」
と再び茶色いマイケルのニオイを嗅ぎはじめる。これには灼熱のマイケルも鼻白んだみたいだ。と、2匹のマイケルはそこで思い当たった。
「おいお前。荷物をどこへやったと聞いていたな。もしかしてお前も盗まれたのではないか?」
盗まれた、という言葉に茶色いマイケルは痛みを感じた。
「ん? オマイもってことは、オマイラもあのボロ切れを着た子ネコに盗られたのぉ?」
「なるほどそういうことか」
灼熱のマイケルが深くうなづく。
「茶色に絡んでも意味はないぞ。ニオイがするのは荷物を取り戻した際に揉み合ったからだ。逃げられはしたがこうして荷物は取り戻してくれた。ボロ切れの子ネコとは無関係だ。居場所は分からん」
無関係なんかじゃないよと言おうとした茶色いマイケルの口に、炎のようなしっぽが押し当てられた。
「そっかぁ、早とちりしちゃったみたいだねぇ。ごめんねぇ。助けてくれてありがとう。じゃあオイラは荷物を取り返しに行かなきゃいけないから、またねぇ」
しゃべり方や見た目と違って、切り替えが早いみたい。大柄な子ネコは2匹のマイケルの間を「ちょっと通してねぇ」と頭を下げながら割っていく。
「え、ちょっとキミ、待って待って。荷物を取り返しに行くって、ピッ……あの子の居場所がわかるのかい?」
ひょくっ、と大柄な子ネコの垂れた左耳が茶色いマイケルの方を向いたよ。それを追うように振り返る。
「うん。だってニオイを辿ればいぃだけじゃないか。もう忘れちゃいそうだったけどぉ、オマイについたニオイでばっちり思い出したんだもんねぇ」
「じゃ、じゃあさっ」
そこまで言って、茶色いマイケルは灼熱のマイケルの方を見る。返ってきたのはうなづきだ。
「じゃあ、ボクたちも一緒に行っていいかな、その子のところ」
大柄な子ネコの返事はすぐだった。
「いいよぉ。でも早くした方がいいかも」
言うが早いか、遠くからニャハニャハという笑い声が茶色いマイケルの耳に飛び込んでくる。
「オイラを箱に詰めたネコたちがこっち来てるみたいぃ」
***
円形野外劇場から通りに出ると肥えたネコが先頭を走った。ずっと地下にいたから分からなかったけど、外は暮れかけて薄暗い。
道に十分な広さがあるのは3匹にとって本当に幸せなことだったよ。なぜって? 地下通路で灼熱のマイケルと肥えたネコがふざけ合ってるところを、追っ手(バイクネコたちだった)に見つかっちゃってさ、よくわからないまま逃げてたんだけど、その途中でハマっちゃったんだよね、通路に。
逃げ切れたからよかったものの、焦ったなぁ。あんな狭い通路を3匹いっぺんに通ろうとしたのが間違いだった。いや、そもそも見つかっちゃいけないっていうのにおしゃべりしながら走るっていうのが間違ってるんだよ、まったくもう。
「……」
「……」
反省したのか2匹は黙って走ってるみたい。うんうん。
住宅地に来た。
円形野外劇場の周辺は、元々は背の高い建物が多いみたいだった。今は瓦礫で埋もれちゃってるけどね。けれどこの辺りの家は、それほどの高さがないかわりに広々とした庭がたくさんある。きっとゆったりとした暮らしのネコたちが住んでいたんだろうね。
「あっ、ちょっと待った、ここに隠れて!」
なるべく響かない声で茶色いマイケルが言い、肥えた子ネコの服を引っ張る。すると2匹は黙って角の石垣に背中をつけて身を隠した。
「いたのか」
うん、と言うかわりにうなづいて、視線で目当ての子ネコを示す。ボロをまとった小柄な影が家の門をくぐったところだった。
「おっきな家だね」
「ああ、だがやはり廃墟だな。入り口もなにもあったもんじゃない」
「ねぇねぇ別に隠れなくってもさぁ、走って捕まえちゃえばいいだけなんじゃないのぉ?」
「豚足が何を言う。おっと鈍足だったな、すまんすまん」
「え、意味わかんないんですけどぉ」
肩のぶつけ合いを始めた2匹をなだめ、茶色いマイケルは真剣な声で言う。
「あの子、ボクの知り合いだと思うんだ……。だからさ、先に事情を聴きたいんだ」
「ええ~? オイラの荷物はぁ? もし無くなっちゃってたらすっごく困るんだけどぉ」
「何もあの子ネコを見逃すとは言うておらんだろう。3匹おるんだ。逃げ道をふさいでしまえばいい。もし逃げようとしても手荒な真似はせん。それでいいな、茶色」
茶色いマイケルが2匹にありがとうと言うと、肥えた子ネコも満更ではなさそうな顔をしていた。
家の周りを見て回り、逃げ道になりそうなところに目星を付けると3匹は静かにその家に忍び込んだ。肉球で音を消し、息も殺して心の準備も万端だったのだけど、特に騒動らしい騒動は起きなかった。
壁の崩れた廊下の先、屋根のない空とつながった部屋、汚れたベッドの上に、その子ネコはいた。
布団と言うには心もとないボロ切れを、抱くように体に巻いて眠っている。
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