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カラバさんの目つきが変わった。
まん丸い黒目が茶色いマイケルを秤にかける。
「それってどぉいう……ぐむぅ」
ぽろっと零れた果実のマイケルの声を、灼熱のマイケルが肉球で押しとどめた。
「茶色いマイケルさん。あなたの言う通り、あなたには時を戻す力もなければ、世界を作り変える力もありません。あなただけではない。どのネコにも出来ることではないのです」
茶色いマイケルは目を見開き「うん」と胸を張る。
カラバさんは少しだけヒゲを下げて「そうですか」と言った。
「あなたがそういう心づもりであるならば、私はあなたを『空と大地のつなぎ目の部屋』より先に通すわけにはまいりません」
ピッケさんと同様に、とキツく付け足す。茶色いマイケルは笑った。
「どうして?」
「は?」
「は?」
「ふぁ?」
間の抜けた沈黙の中には、目を白黒させるカラバさんの姿もあったよ。うすべに色の舌が見えるくらいには口も開いちゃってた。
「……どうして、とは?」
「どうして部屋に通してくれないんだろう?」
緩んでしまった顔を引きしめるためか照れ隠しか、カラバさんは眉間にしわを寄せた。
「それは説明してきた通りです、茶色いマイケルさん。分不相応な願いには大きな代償が待っています。あなたも死にたくはないでしょう? いいえ、一匹で済むなら無理に引き留めずともよいかもしれません。しかし周りを巻き込むとしたら? 『ネコを生き返らせたい』『時を戻したい』『世界を作り変えたい』。願うにしてはあまりにも大きい。あなたの友ネコや母ネコに限らず、今までに関わったすべてのネコを巻き込む可能性だってあるのです。そんな危険な神頼みを放っておくわけには」
「叶えてもらうなんて言ってないよ」
カラバさんの瞳に、まっすぐな目の茶色いマイケル。
「ボクはさ、このお願いを、『あわあわの世界』で叶えてもらおうなんて思ってないんだ。これっぽっちも」
傍らで、2匹のマイケルが仲良くしっぽを”?”にしていた。カラバさんの瞳が震えるような速さで小刻みに動いている。
「時間を戻したり世界を作り変えるなんてこと、ボクにはできやしない。だけどさ、この世界のどこかには、そういう事ができるネコがいるかもしれないでしょ? 世界はボクが思ってるよりもずっと広いんだから」
その言葉に3匹は、ホッとしたような、がっかりしたようなため息をついた。
「茶色、そんなネコはいない」
いっそ清々しいくらいはっきりと言い切る灼熱のマイケルは、「そんなことが出来るのは神くらいのものだ」って言ったんだ。
それを待ってた。
「だったらボクは神様を探すよ」
上向きの明るい声。
「お願いするんじゃない、お話しするためにね」
「お話ぃ?」
他の2匹も怪訝な表情だ。
「神と話すだと? どうやって」
「そんなのわかんない。けどさ、出来ると思うんだ。考えはある。だって雪と氷の祭典はそういうお祭りだからね。そこにはいないご先祖ネコ様とお話しするためのお祭り」
そしてそれは、灼熱のマイケルから聞いた話によると、
「元々は『雪と氷の女神様』への捧げものなんだよ?」
神様への捧げもの。神様との、接点。
「ボクたちネコと神様は、完全に切り離されてるわけじゃないと思うんだ」
それにね、と茶色いマイケルの口は止まらない。
「スノウ・ハットにそういう方法があるんだったらさ、他の街や国にも別の方法が伝わってるかもしれないよ? 世界中探せば見つかるかもしれない。灼熱はさ、神様は気まぐれで水をカラカラにしちゃったり、山をボウボウ燃やしちゃったり、砂をパラパラ撒いたりするって言ってたけど、その気まぐれでボクのご先祖ネコ様はスノウ・ハットっていう最高の場所に住むことができたんだ。悪いことばっかりじゃない。頼りすぎないで頑張りますって言えば、もしかしたら話くらいは聞いてくれるかもしれないじゃない」
息を整える。みんなの目を順番に見ていく。そして、
「その手掛かりが『あわあわの世界』にあるかもしれない」
って言った。
言ったあと、茶色いマイケルの肩を誰かが叩いたよ。その正体は不安さ。「ほんとにそれでいいのぉ?」ってにやにや聞いてくる。ちょっと果実のマイケルに似てるかも。
どうだろう。何か変だったかな……?
ちょっぴり長めの沈黙を破ったのはカラバさんだった。その口が開くとき、茶色いマイケルはすっごく緊張したなぁ。
「神様頼みではなく手がかり探し、ですか……。確かにそれなら神様に頼り切っているとは言えません、が……。それでも神様の関わることです。過分な願いと判断されるかもしれませんよ? 茶色いマイケルさん」
その後ろには『代償』という重い言葉が見え隠れしていた。言い淀む雰囲気からして、カラバさんは重めの代償を考えてるんじゃないかな。茶色いマイケル自身か、あるいはそれ以上の。
ただ、ねっとりとした重い雰囲気を振り払ったのもカラバさんだった。いやいや、と頭を振って開いた眼はどこか優し気だったんだ。
「手がかりなんて無いかもしれません。その時はどうします?」
「んー、でも『あわあわの世界』には本物の冒険があるんでしょう?」
灼熱のマイケルがぴくっと耳を跳ね上げる。
「ボクはそこで本物の冒険をして、真実の物語を見つけて、それを全部お母さんネコへのお土産話にしたいんだ」
そう、それ全部が茶色いマイケルの物語なんだから。
だったらさ。
「だったら、神様とくらいお話しできないと、お話にならないよ!」
ぶふっ、と笑ったのは果実のマイケルさ。笑うところなんてどこにもないと思うんだけど。
ただ、カラバさんの瞳は尋ね続けている。「それでももし、手掛かりなんてなければ?」ってね。
――そこは夕暮れに染まるスノウ・ハットの大噴水広場。
――茶色いマイケルに、燃える炎のようなシルエットが語り掛ける。
『そこはお前の出番だろうが』
祭りの中止にがっかりしたスノウ・ハットの子ネコたちを、元気づけられるのは茶色いマイケルだけだと言ってくれた。
『こういう時にこそ物語の出番だろう』
『興奮して今日のことなどすっかり忘れてしまう』
『どのみち忘れていく出来事だ』
『もっと素晴らしい出来事がこの先いくらでもある』
短くて力強い言葉が、ずいと背中を押してくれる。
――だから気軽に話してやればいい
高らかに笑うその姿に、あの時確かに、ボクの心は震えたんだ。
だから。
「手掛かりが無かったらどうするのかって? その時はみんなに、ボクの大冒険の話を聞かせてあげるよ!」
って、あのシルエットに負けないくらい力いっぱい言ったのさ!
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