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「えぇ? 実は足りてるんだよねぇ?」
「ええ、十分に」
「じゃあどうして!?」
立ち上がった茶色いマイケルへの返答は、変わらない笑顔だった。
「店主、やはり貴様何かおかしいな。さっきの話もそうだ。一応の筋は通っていたが話をはぐらかされた気がしていた。あの酔っぱらいの赤サビネコが利用できる奴だったとしても、ピッケに『大空のマタタビ』のことを伝えないでおく理由にはならんからな」
もしかして、と灼熱のマイケルが顔をしかめる。
「サビネコが嫌いだとか子ネコが嫌いだとか、そういう個人的な理由ではあるまいな……!」
「いやぁさすがにそれはぁ、ないんじゃなぁい?」
4匹の視線を集めたカラバさん。表情は一つも変わらなかったよ。
「もし、そうだと言ったらどうされますか?」
炎が舞い上がる。灼熱のマイケルの毛が全部逆立ったんだ。耳の先まで燃えるように揺らめいて、その熱が伝わってくるようだったよ。「わっ」と言って身を引いたピッケを茶色いマイケルが受け止める。隣にいた果実のマイケルは「ひぃぃっ!」と言ってソファーの下に落っこちちゃった。
だけど、次の瞬間。
「おやおや、店内でそうネコ殺気を振りまかれるとなると、私も態度を改めねばなりませんね」
カラバさんの姿が消えていた。いや、声のする方を見れば場所は分かるんだけどね。ちょっと信じられなかったんだ。文机を挟んで茶色いマイケルたちの向こう側にいたはずなのに、果実のマイケルがソファーに座りなおすところを手伝っていたんだからさ。
一瞬遅れはしたけど、灼熱のマイケルは身を構えた。腰を落として右手を引き絞る。きっとすごいネコパンチの準備だ。
「いぃぃぃいぃ!? ちょ、ちょっとやめてよねぇオイラ挟まれちゃってるよぉ!」
果実のマイケルが情けない声を出した気持ちはようくわかる。だってカラバさん、10倍くらいに膨らんだ! いや、ホントは膨らんでないんだけど! 膨らんだ気がしてるのっ! あのホロウ・フクロウより大きなホロウ・フクロウくらいの圧迫感で、茶色いマイケルたちの方が小っちゃくされちゃったのかと思ったんだよ!
「くっ!?」
これにはさすがの灼熱のマイケルも怯んだみたい。立ち昇っていた炎の毛が、吹き消されたようだった。脚が震えているのが分かる。もちろん笑ったりしないって。茶色いマイケルなんておしっこ漏らしちゃいそうだったんだもの。ピッケはもう目を背けて茶色いマイケルに抱きついちゃってるしさ。
勝負なんて言えたものじゃなかったんだけど、勝負は一瞬でついた。震えを押さえきれなくなった灼熱のマイケルが床に座り込み、果実のマイケルがおしっこ漏らしちゃってたんだ。
「これは。私としたことが申し訳ございません。お湯をご用意いたしますのでこちらへどうぞ」
2匹が部屋を出てから戻ってくるまでのあいだ、残った3匹は一言もしゃべらなかった。果実のマイケルが漏らした跡はどういうわけか、きれいさっぱり消えてなくなってたし、それにピッケのことが……。目を合わせられやしないよ。
ボクたちにはカラバさんをどうすることもできない。
そう分からされちゃってたんだからね。どんなに理不尽な理由だったとしても、それをひっくり返すことなんて出来ないってことをさ。
戻ってきたカラバさんの雰囲気は元に戻っていた。威圧感の欠片もなく、親しみすらわく笑顔。並んでいた果実のマイケルはカチンコチンに固まってたけど。
「いやはや失礼いたしました。これほどお強い方とお会いするのが久々でしたので、つい興が乗ってしまったというか。いえいえ、謝罪には及びません、灼熱のマイケルさん。私、昔から説明が下手でして、未だに四苦八苦しているのですよ。大きなプロジェクトを任されたものですからね、緊張していたのかもしれませんね。では正直なところをお話いたしましょう。ピッケさん」
名前を呼ばれたピッケだけじゃなく、3匹のマイケルもヒゲを跳ね上げた。ピッケの視線が下がるのを感じた。茶色いマイケルだってまともに見られないよ、おっかないんだもん。
「あなたは大望を抱いてしまった」
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