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「いや、ワシも話の運び方を間違えた」
珍しく灼熱のマイケルが果実のマイケルの言葉にも素直になっていた。
「やはり願いが大きすぎたか。ピッケにもう僅かばかりでも余裕があれば……いや、あの年齢の子ネコにそれを求めるのは無理がある」
しゅん、と灼熱のマイケルの火が消える。「あれ、さっきまでと様子が違うな」と茶色いマイケルはしっぽを傾げたけれど、どちらのマイケルも説明はしてくれない。
「さて、もう一度だけお尋ねします」
声をかけられた茶色いマイケルは、玄関に向いた体を、じわりと文机に向けなおす。カラバさんは彫像みたいだった。身体の線は細いのに、押しても引いても動かせそうにない。
「ご納得、いただけましたか?」
この質問はこれで最後です、という警告を感じた。すごくこわい。頭がすぅっと冷えて、「納得なんてできっこないよ!」って言葉はお腹の底に沈んでいった。
茶色いマイケルはごくりと喉を鳴らし、頭の中でしたためた言葉を、慎重に声にした。
「ピッケの願いは大きすぎる。そういうことなんでしょ?」
「はい」
続きをどうぞとでも言うように、低く短い返事だ。
「……死んだネコが戻ってきたり生き返ったりすることはないし、メロウ・ハートが昔と全くおんなじに戻ることもないんだよね」
「ええ、その通りです」
「そういう、ネコの力を越えたことを『あわあわの世界』頼りに叶えようとするってことは、神様の力に頼ることになっちゃう。そうすると神様に「自分勝手なネコだね」って嫌われちゃって、大変な代償が必要になっちゃう」
カラバさんがうなづき、目の端で灼熱のマイケルもうなづいていた。
おとぎ話にはよくあることだ。お願いをしたら大事なものを取られちゃってたなんて、そんな話いくらでも思い出せるよ。まさか神様なんて存在の話をこんな大真面目にするなんて思っていなかったけど、それは茶色いマイケルの世界が小さかったからかもしれない。
「だから……ピッケがそんなお願いを考えちゃってるから……ひどい目に合うかもしれないから、カラバさんはピッケを『空と大地のつなぎ目の部屋』より先には行かせるわけにはいかないって、そう言うんでしょ?」
「はい。お分かりいただけたようですね」
決して読みやすい表情ではなかったけど、カラバさんは緊張していたみたい。ふぅ、と漏れた息で分かったよ。だけど、
「でも」
そう続けた茶色いマイケルの言葉に、ヒゲが跳ねて目つきがきつくなる。先に反応したのは灼熱のマイケルだ。「茶色!」とたしなめようとしていたのが伝わってくる。
「でもボクはやっぱり、ピッケの願ったことが間違いだとはどうしても思えないよ」
体の芯を通って出てきた声は、思いがけず凛としていた。寒い雪の中に響く鈴の音みたいだって思ったのは、良く言い過ぎかな。
カラバさんが口を開こうとしてやめたのを見て、茶色いマイケルが続きを話す。
「悲しいものは悲しいよ。どうにもならないって分かってるものを、どうにかしたいっていう気持ちってさ、誰もが持ってるんじゃないかな。ここにいるネコたちだってそうでしょ? 水も食べ物もそんなにあるわけじゃないメロウ・ハートにいなくたって、何処か探せば、それこそスノウ・ハットにでも来れば住む場所も食べ物もあるんだ。なのにここに居着いてる。ボロボロの家に住み続けたり、やる事もないのにふらふらと道を歩いたり、劇場の観客席で寝ているネコもいた。舞台の上で役を演じてるネコだっていたんだ。みんな悲しいし、元に戻したいって思ってるんだよ」
戻せるものならそうしたい。それは悲しみの内側にいるネコたちにとって、今を生きるために必要な願いごとなんじゃないかな。
カラバさんはまだ何も言わない。
「きっとみんな、時間を戻したいって思ってるよ。あの頃からやり直せたなら……ってさ。ううん、時間を戻すだけじゃ足りないか。世界を作り変えちゃいたいって、そう考えて」
「お、おい茶色! お前まさか……お前まで渡れなくなるぞ!」
「……それでも本心なんだ。説得や納得だけで変えられるものじゃないよ」
灼熱のマイケルが焦ったのも無理はない。
だって茶色いマイケルはピッケの願いを叶えたいって思ってるんだもの。『空と大地のつなぎ目の部屋』が心のすべてを見透かす部屋だっていうんなら、願いに応じたひどい代償が必要になるだろうね。その前にカラバさんに止められるだろうけどさ。
でも茶色いマイケルは、そこで考えるのを止めなかった。
「だけどボクにそんな力はない。そうでしょ? カラバさん」
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