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時間が流れるのはとっても早い。
忙しければ忙しいほど、あっという間に過ぎちゃうんだ。茶色いマイケルがメロウ・ハートに来てからもう3週間がたっていた。つまりスノウ・ハットを出て約1か月。知らないうちに時間を切り取られてるんじゃないかって思っちゃうくらい、毎日が駆け抜けていった。
「そろそろ始まるぞ。茶色、そばにいてやらなくていいのか」
「うん。いなくても平気だよ」
場所は円形野外劇場。
舞台と観客席との間に、茶色いマイケルと灼熱のマイケルはいた。ううん、2匹だけじゃない。周りを見渡せばたくさんのネコたちの姿があって、それがメロウ・ハートにいたネコたちだっていうのはすぐに分かる。
服も毛もボロボロで、ぐるぐるに巻いた包帯だって汚れてる。手のないネコや足のないネコ、しっぽや耳、片目を失ったネコたちが集まってるんだ。もしかするとメロウ・ハート中のネコたちがこの場所に来ているのかもしれないな。そうだったらいいなって、茶色いマイケルは思ってるよ。
一体何をしているのかって? それはね――あ、舞台にネコが来た!
「にゃーにゃーにゃー。お集りのネコさん、どうも俺です」
その一言で観客席からすごい声援が聞こえてきた。茶色いマイケルが後ろを振り返ってみれば、バイクネコたちが最前列に身を乗り出してにゃーにゃー叫んでいる。
「おい、うっせぇぞテメェらぁ! マイクなんかねぇんだから俺の声が通りづらくなんだろうがよぉ! 黙って聞いてろ」
そう、舞台に立ったのはバイクネコたちのリーダー、赤サビネコさんだったんだ。赤サビさんは、ぴしゃりと静かになったバイクネコたちに「よしよし」とうなづき、もう一度舞台下のネコたちに話しかける。
「騒がしくって悪ぃな。だけどな、これから起こることを見たら、お前らもすぐに騒がしくなるぜ。いろいろ説明が足りねえと思うが、まぁこれを見ろよ。おい、やってくれ」
挨拶もろくにしないまま進んでいく話を、メロウ・ハートのネコたちはぽかんと口を開けて見ている。けど、赤サビさんがどう話すかなんて元々関係ないのかもしれないな。ネコたちの目は舞台の上に向いていたけれど、そこにはないどこかを見ているんだからさ。赤サビさんも気づいていたと思うよ。だからすぐに切り替えたんだ。
舞台の奥からかばんを抱えた子ネコがやってきた。ボロ切れを目深にかぶっているけど分かる。ピッケだ。
その後ろから歩いて来るのはカラバさん。大きな木のバケツを三つも四つも持ってきていたよ。
赤サビさんのそばまで来ると2匹は目配せをしてうなづき合い、それからカラバさんが舞台の上にバケツの中身をひっくり返し始めた。ボトボトボトって重くて雑な音とともに、土くれや瓦礫が積み重なっていく。
ちょっと穏やかじゃない空気が流れたのは仕方のない事だろうね。だってここは舞台の上。観客はメロウ・ハートのネコたちなんだ。この街が好きで、この街で過ごしてきた時間が好きで、そして何よりこの舞台が好きだったネコたち。そんなネコたちの前でするには、ちょっと過激な演出だったかもしれない。
「おっとテメェら、舞台に来やがったら俺がブチのめしてやるからなぁ!」
シャァッ!! と牙をむき出しにする赤サビさんがいたから、心配はないみたいだけどさ。それに、
「それではピッケさん」
その一声で空気が変わった。みんなの胸を吹き抜けていくような、とってもいい声! 声を掛けられたピッケはネコたちの方に向かって、かばんの中から何かを取り出して見せた。
「これは、リーディアの実といいます」
どよめきが起こる。
ピッケはそれ以上言葉を続けず、こんもり積もった瓦礫の、中の方にその実を差し込んだよ。そしてカラバさんから一つのバケツを受け取った。ひっくり返した中身は、やっぱり土だった。
ふよふよの柔らかそうな土が瓦礫を覆った。ピッケはそこに、取り出したビンの口をあけて液体を垂らしたんだ。するとどうだろう。ネコたちの目が大きく開いていく。
水を吸ったふよふよの土から夜の色をした芽が生えた。それがみるみるぐねぐね伸びていき、あっという間に子ネコのしっぽくらいにまで成長したんだ。そして小さな花が咲いた。
ほんの、一分か二分の出来事だった。
そんな短い時間で花が成長するはずがないって? ちがうちがう、そこじゃないよ。メロウ・ハートのネコたちが驚いたのはもっと別のこと。別の大事なことなんだ。
「リーディア……」
どのネコが言ったのかは分からない。風に撫でられた草木がざわめくように、ネコたちが口々にその名前を声にした。
かつて、この都市が最も華やかだったころに演じられ、今もみんなの胸に残るその名前。
クリーム色の花びらに、うすい墨をそっと染み込ませたようなポインテッド。
舞台上でその花が咲くことに文句を言うネコなんて、誰に何を言われるまでもなく、今度こそ一匹もいなかった。
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