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『本選出場者登録完了いたしました。それではこちら、予選入賞者への賞品でございます。チームでの出場ですので4匹分、ご確認ください』
受付ネコさんはガラス越しにぺこりとお辞儀をした。
ここは洞窟の中。
見上げるほど高い天井には規則正しく照明が埋め込まれていて、目の奥が痛いくらい白い光で会場が照らされていた。なんの会場かと言えば、受付ネコさんが言っていたように、本選出場者の登録会場だ。
茶色いマイケルたちは到着するなりたくさんの観客ネコたちに両側から拍手され、それから案内版に従って順路を進み、ずらりと横に連なっている受付窓口の一つで今、登録を済ませたところなんだ。”ネコの部”で1位だったらしく、賞品までもらっていたよ。
『おー、受付終わったみてーだなー。どーするー? すぐ行くかー? それとも少し休んでいくか―?』
隣の窓口で受付を済ませた風ネコさまが、窓口の机からぴょんと跳び、茶色いマイケルの肩の上に乗ってくる。どうやら子ネコたちと同じように入賞していたらしく、しっぽで持った”賞品”をプラプラさせていた。
「……ひとまず休憩かな。せっかくコレ貰ったしね」
『じゃー、ソファーのあるところまでオレが案内してやるよー』
そう言うと風ネコさまは、足音を立てずに空中をまっすぐ歩きだし、休憩エリアまで案内してくれた。と言っても一本道だから誰にでも分かるんだけどね。
茶色いマイケルたちは「ありがとう」と言って腰を下ろしたよ。ソファーの座り心地はまあまあ。生暖かくてちょっとゴリゴリしている。芯を使って浮いてた方が楽かもしれない。
「それじゃぁひとまず、みんなお疲れさまぁ」
果実のマイケルが音頭をとって、それに合わせて缶を持ち上げた。
『神特製カツオドリンク』。
これが入賞者特典だ。ネコの部1位通過でこれ1本ずつ。ネコは舐められてるのかな。参加賞も無地のハンカチらしいし。ちなみに風ネコさまは骨みたいなおやつをガシガシ噛んでいたよ。それ、ネコ用……?
4匹は静かな調子で「む、普通にうまいな」「ああ、癖が無い」と感想を言い合い、束の間の休息を味わっていた。すごくまったりとした時間で、微睡んでいたのかな、黒い靄がすぅっと鼻の先を通り過ぎて行ったような夢を見た。
しばらくすると会場がにわかに賑わいはじめる。どうやら後続が到着したらしい。
茶色いマイケルは缶に口をつけながら、不躾にならない程度にそちらの様子を伺った。みんな、茶色いマイケルたちがそうだったみたいにキョロキョロしながら受付を済ませていたけど、中には慣れた感じで窓口のネコと話している者もいたんだ。
「何回か出てるネコもいるのかな?」
『そーだなー、いるにはいるぞー。さっき襲って来た頭のおかしなネコたちいたろー、あーゆーのは大体そーだ』
「あいつら何だったんだろうねぇ。他にもヤバぁそうなのがちらほらいたし、気をつけないと」
「ああ、それに加えて……アレだ」
虚空のマイケルの視線を追ってみれば、シルクハットの紳士ネコと……。
「えっ! ふぐぶぶぶぶぶぶ!」
しっぽで口を塞がれた。
「あまり大きな声を出すなよ。目をつけられたくはない」
「風ネコさまぁ、神さまとネコが協力することって結構あるのぉ?」
『時々なー。でもあんま気にしなくってもいいと思うぞー』
「ふむ、何故か」
『力が違い過ぎるからなー。神だったらこの辺一帯を吹っ飛ばすなんてヨユーだしよー、そんなんレースに使っても面白くねーだろー? だからネコは、神に何かされるかもとか考えなくてもいーぞー。つるんでるやつらは何となく気が合っただけなんじゃねーかー? ま、オレはアイツあんま好きじゃねーけど』
それを聞いて茶色いマイケルはちょっと意外な気がした。なにせシルクハットの紳士ネコと一緒にいたのは大空ネコさまだったんだからね。たしか風ネコさまは大空ネコさまをめちゃくちゃ嫌ってたと思うんだけどなぁ。
そんなことを考えていると、
『そろそろ先へ進もうと思うのだが、十分に休みはとれたかな?』
年季の入ったほら貝みたいな声だ。「え?」と不思議がっていると風ネコさまが声の出所を教えてくれた。
『尻に敷いてるの地核だぞー』
「座布団みたいに言わないで!」
茶色いマイケルたちはすぐに飛びのいて「ごめんなさいごめんなさい」と4匹揃って必死で頭をさげた。血の気が引くのも当然だろう、だって噴水のある広場に大穴を開けたのはこの神ネコさまなんだからさ。とはいえ『スナネコ』フォルムの地核ネコさまは今、セントバーナードくらいの大きさになっている。
『よいよい。ネコの重さなどたかがしておるからな。むしろ心地よい重さだったよ』
幸いなことに、見た目だけじゃなくって、性格もおっとりしているらしい。のっそりと起き上がり、ぐっと伸びをした。
『そうそう、入賞おめでとう。お前さんたちの活躍はここから見ておったよ。特に、爆発を避けてからの急旋回。あれはよいものだ。ネコは寿命が短い分、早熟な者たちが多いと聞くが、100年も経たずにあれほど身体を使いこなせるようになるとは、まったくたまげたものだね』
地核ネコさまの声はよく響いた。
そばで聞いていても耳が痛くなったりはしないのに、空気はビリビリ震えていて、遠くのネコたちにまで聞こえていたらしい。大勢のネコがこちらを気にしている音を、茶色いマイケルの耳は拾っていたよ。話はさらに続く。
『相当な訓練をしたのだろうね。努力の影というものは、見ようと思えば誰の背中にも見ることが出来るものだ。だというのに今のネコを見て素晴らしいと思ったのは初めてかもしれないな。つまり儂も目を向けて来なかったのだろう。”ネコなんて”と思っていたのかもしれない。今回、そういう思い上がりに気付き、さらには新たな楽しみを得られた儂は、本当に幸せな神だよ』
ありがとう、と地核ネコさまはニッコリと目を閉じた。さらにさらに、
『それに神にまで勝っているというのが素晴らしい! 幾多の神々に先んじて、しかもなんとあの大空にまで勝っているというではないか!』
ボリュームが跳ね上がった。階段を何段もすっ飛ばして声が大きくなる。茶色いマイケルはたじたじになって「ちょ、ちょっと声が……」と周りを伺ったよ。そしたら遠くの方で紳士ネコがシルクハットを取ってお辞儀をしていた。「あはは……」と愛想笑いで返したけれど、その肩に大空ネコさまが乗っているのを見て、笑顔をひきつらせたままそっと顔をそむけた。
『これはネコ界の革命児と言っていいかもしれないなぁ! そうだ今度大々的に』
なおも大声で4匹を褒めちぎろうとする地核ネコさまを止めたのは、なんとなんと風ネコさまだ。
『おいおいその辺にしといてやれよー、ネコたち困ってんじゃねーかー。これだからジジーはいけねーよなー』
言い方はぞんざいだったけれど、心配は必要なかったらしい。
『おやおや、風の坊やに言われてしまうとはね。しかし認めよう、少し度が過ぎたようだ。ではぼちぼち儂も行くとしようかね。次の中継地点も期待しているよ、がんばりなさい』
と言って、地核ネコさまはのしのしと出口の方へと歩いて行った。「ありがとうございます」と頭を下げる茶色いマイケルたちにはしっぽで応えていたよ。
4匹はその後ろ姿が見えなくなるまで立っていた。
思ってた神さまとは違ってたなぁ。
茶色いマイケルたちの知っている地核の神さまといえば、大地が捲れて表れたあの”オレンジ色”か、ついさっき氷の大噴水を踏み潰した巨大スナネコだけだったんだ。印象が偏っていたとしても仕方ない。
だけどそんな大きな力を見せつけられるよりも、ほんの少し言葉を交わした今の方がずっと、「大きいなぁ」って感じたのはどうしてだろう。みんなも同じように感じていたのかもしれない。誰も口はきかなかったけどね。
「ワシらもそろそろ出るか」
「だねぇ。この先何が起こるか分からないしぃ」
「少なくともこの調子でうまく行くとは想わんほうがいいかもな。見ろ、まるで猫缶が開くのを待っとるようではないか」
アゴで示された方を見ると会場入り口から、ネコたちが続々と入ってきているところだった。さっき襲って来たあのネコたちだ。茶色いマイケルたちと目が合うと、飛行服にネコヘルメット、丸目のサングラスをかけた2匹のネコ、トムとチムがニィィと凶悪な笑みを浮かべていたよ。
「……出来る限り他のネコとの接触は避けた方がいいかもしれない。またさっきのように襲われかねないからな」
「あれ何だったんだろうね。また来たらヤダな」
『えー、でもオレはあいつらと遊んでるお前ら見てんの面白かったけどなー』
どう見ても殺しにきてたと思うんだけど。そんな話をしながら立ち上がった時、頭の中にアナウンスが流れて来たよ。なんでも、地核ネコさまの持ち物が無くなっちゃったらしい。一応マイケルたちも、荷物に紛れ込んでないかを確かめていると、
『あのジジーは最初から何も持ってなかったと思うけどなー。オレが気づいてなかったくらいだしよー』
と風ネコさまが耳をパタパタさせて前脚の肉球を舐めていた。
「そっか、じゃあここに来る前に落としたのかもね」
見つかるといいな、と思いつつ頭に浮かんだのは、”落ちていく”地核ネコさまの姿だった。あんな大穴の中で大切なものを落としていたのなら、見つけるのは大変だろう。凍っちゃってるかもしれない。
とはいえ今は神さまの心配をしている場合じゃない。茶色いマイケルは「よし、それじゃあ出発だー」と両こぶしを握り締め、それから気合いを入れるために他の3匹としっぽを叩き合ったよ。
十分に力がみなぎったことを確認してから、洞窟の外、出発口へと大股で歩いて行ったんだ。そこで、
「少し話をしないか」
と話しかけて来たのは、邪悪な鬼ネコ面をかぶったネコだった。
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