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それは風ネコさまが暇にまかせて世界を飛び回っている日のことだった。
『たまたま通りかかった火山から炎の神が噴き出してきてよー、地核のジジーが呼んでるっつーから面倒くせーけど行くことにしたんだぞー』
暇すぎて忙しかったのに、と。
地核ネコさまはあわあわの世界に住んでいるらしく、風ネコさまはいつものように大きな森にある入口から行くことにした。途中、街を見下ろしながら飛んでいるとき、馴染みの神が寄って来ないことが少しだけ気にかかったのだとか。
『しかもよー、どこをほっつき歩いてんだか、ジジーはいねーしよー』
待っても待っても来ない地核ネコさまにイライラして、だだっ広い場所でテキトーに暴れまくっていたらしい。荒涼としていて草木もなく、たいして大きな岩もないから暴風を巻き起こすのには最適だったと。
ふと、吹き飛ばした岩の下に不自然な影を見つけた。穴だった。だけどただの穴じゃない。歩きやすいようにゆるい斜面が長々と続いていたんだ。ついワクワクした風ネコさまは神ネコ姿になって奥へ向ってトテトテと歩いて行ったという。
長くて暗い廊下にはわざとらしい観葉植物が等間隔で置かれていた。
もうしばらく暗闇を歩くと左右にガラス張りの部屋。整然と並べられたデスクの上にはいくつものモニターが備わっていて、誰もいないのに文字や絵をひっきりなしに映しては青白い光を放っている。部屋には番号がついていて、暗い廊下を進むほど数は若くなっていった。
つき当たったのはこざっぱりとしたエレベーターホールだった。そこでは、
『なんか銀色のヘンなのがいたぞー』
よくわからない円柱形の機械がうろちょろと動き回っていたらしい。
風ネコさまは気にせず宙を歩いてエレベーターのボタンを押した。扉が開くとひんやりとした空気が流れてくる。空調機能が働いていたんだろう。
エレベーターは音もなく降りていき、音もなく止まった。静かに開く扉のむこうはやはり暗い。まず目に入ったのは天井から吊るされた半透明のビニールカーテンだった。
奥で何かが光ったのが見えた。紫色の火花がパチパチと散ってすぐに消えたんだ。
――なんだありゃー。
ビニールカーテンをくぐるとその先には扉のない出入り口があった。足を踏み入れる。とたん、部屋全体がほんのりと赤みを帯びた。ふわん。広大な施設だ。その全景がうすぼんやりと浮かび上がる。地中を巨大な円柱でくり抜いたような空間はやたらと天井が高く、薄暗い中では奥の壁も遠くて見えない。
風ネコさまはきょろきょろしながら歩いていった。
太いケーブルが束になっていくつも地を這っている。ケーブルの枝は、その脇に置かれた頑丈そうな金属タンクに繋がれていて、ウーンとかすかに音を立てている。タンクの上には、成ネコの身長ほどのボンベがいくつも吊り下げられていて、そこにも太いケーブルは繋がっていた。
太いケーブルは天井にもびっしりと張り巡らされている。そして、そのすべてが広間の中央、球形の機械へと繋がって、紫色の光をピシピシとほとばしらせていた。
風ネコさまはとりあえず色々な場所に身体をこすりつけたらしい。
『よくわかんねーけどしたくなるんだよなー』
隙間にも飛び込んだ。
別の部屋があることに気づいたのは遊び飽きた頃のことだ。
壁と思っていた場所に番号がふられているのを発見、タタッと宙を蹴って天井までかけ上り、いったい何かとあちこち観察してみれば、
『でけー扉だったぞー』
縦長の扉。それがいくつも壁のように並んでいたのだという。ロッカーみたいなものかと茶色いマイケルは思ったけれど、だだっ広い施設の天井まであるのなら、中に入っているものはとんでもなく大きいことになる。
さらに、壁の一画には四角く切り取られたガラス窓があって、すりガラスの向こうでは何かが蠢いているようにも見えたという。
巨大な扉もガラスの向こうも、空気の流れは完全に絶たれていた。鍵を開ければ行けなくもないが、そこそこ満足した（飽きた）風ネコさまは『まーいーか』としっぽを振って反転したのだとか。とそこで、
――なんだーこれ。
隅にまっ黒い箱を見つけた。暗がりでよく見えなかったそれが、ガタガタと激しく暴れていたんだ。
鍵穴に風を入れるとフタはゆっくりと持ち上がり、中に入っているものをあらわにした。
――何してんだー？ こんなとこいたんかー。
ハッとして顔を上げた白いネコさまは泣いていた。風ネコさまに飛びついてきた身体は震えてる。雪雲ネコさまだった。
――オメー、つめてー風してんなー。
状況がよくつかめていなかった風ネコさまだけど、その隣に並んでいた黒い箱を見つけたときはイヤな予感が止まらなかったらしい。箱は１００を下らないほどあった。そしてその全てに弱った神々の姿があったんだ。ほとんどの神ネコさまたちは眠っている。その中のひとつに、
――かぜさま……。
弱った白いピューマ、吹雪ネコさまもいた。
吹雪ネコさまは泣きつかれて眠った雪雲ネコさまに代わって、『雲の神から呼び出しを受けて……』気づけは箱に詰められていたのだと、風ネコさまの質問に答えた。
『だからよー、とりあえず雲のとこまでぶっ飛んでってよー、泣きじゃくるまで引きちぎってやったんだー』
茶色いマイケルの頭にあるのは、頭を下げた姿も威厳たっぷりのウンピョウだ。泣いている姿なんてちっとも想像できない。
『そしたらよー』
雲ネコさまは必死に弁明したという。そんな施設は知らないと。冗談でも自分はそんなことしないのだと。吹き飛ばされながらも語っていたらしい。
『どーも話がおかしーからよー、ボコるのを弱めてちゃんと聞いてみたんだぞー』
雷雲ネコさまに頼まれたのだという。
風ネコさまは施設に戻り、暴風をぶち込んだ。
すれ違いで戻ってきていたのだろう、突然の吹き荒れる風に慌てたライオンが施設を飛び出してきた。風ネコさまはそれをつかまえて徹底的にボコったそうだ。風で押しつぶし、雷を地面に吸わせて口がきけなくなるまでボコボコに。
ボコるところがなくなったのとボコり飽きたのとで興味を失った風ネコさまは、あとは自分で大空ネコさまに白状するように言い置いてその場をあとにしたという。
けれどその時、首根っこをつかまえてでも大空ネコさま目の前に突き出せばなにか違っていたかもしれない。
後日、大気圏を散歩中の風ネコさまの前に、大空ネコさまが立ちふさがった。
――やぁやぁ風ちゃん。ウチの雷雲ちゃんと雲ちゃんのこと、ずいぶんカワイがってくれたみたいじゃない。
声の調子で雷雲ネコさまがどんなことを言ったのか分かったらしい。
『雷雲が何やらかしたのかは全部話したんだけどよー、大空のヤツ、ちっとも耳貸しやがらねーから大喧嘩になっちまってなー』
星の上空は大荒れ。風と大空の戦いなんて茶色いマイケルには想像もつかないけれど、著しい気圧の変化によって地上ではきっと、老ネコたちのひざや腰の痛みがすごいことになっていたに違いない。
争いは長く続かなかった。
――静かにしなさい。ゆっくり眠れないじゃない。
風ネコさまいわく『超こえーヤツ』に大空ネコさまともどもボコボコにされたんだって。
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