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スノウ・ハットっていう名前はね、お祭りの名前でもあるんだ。
国の名前をお祭りの名前にしたのか、お祭りの名前を国の名前にしたのか。
どっちが先かは分からない。お母さんネコが子ネコのころからスノウ・ハットの名前は変わっていないんだからね。
変わっていないのはお祭りの中身もなんだって。
スノウ・ハット……雪と氷の祭典は二日にわたって行われる。
一日目はとても静かで、二日目と同じネコたちが参加しているとは思えないくらい厳かに行われるんだ。
『氷の大噴水広場』の脇にある階段を下り、氷の地下道を歩く。ここは一年中ひんやりしていて氷が解けることはない。真っ暗な道を想像するかもしれないけど、途中途中にスノウ・ハットの白ネコ修道士さんたちが立っているから足元の心配はいらないよ。その道を15分くらい歩いていくと、氷の神殿がお出迎えしてくれる。
一言でいえば荘厳。
地上にある教会ほど大きくはないんだけど、細かな装飾の作り込みがスゴいんだ。あんなのネコの手で作れるのかなって思うくらい精巧で、見れば誰もが言葉を飲み込んじゃう。おしゃべりなんて注意するまでもないね。
爪の先よりも小さな神父ネコ像の、その手に持っている日記帳の、その一ページに書かれている絵まで分かるくらい、細かく作り込んであるって言ったら信じられる?
信じなくたっていいよ。茶色いマイケルだってお祭りが終われば「夢だったんじゃないかな」って、いつも思うんだから。
氷の神殿の中には氷の像が立ち並んでいる。この氷像は 丘の上にあるご先祖ネコ様の塔に納められている像をモチーフにしたもので、毎年何体かずつ作られ続けているんだ。
お祭りの始まる10日前に、去年の氷を氷室から取り出して氷像を作る。氷室っていうのはね、氷を溶けないまま貯めておく、氷のための冷蔵庫のことさ。
氷像は動きが面白くてね、ただじっと佇んでいるようなものとは思わないで。
逆立ちをしたり、組体操をしたり、独楽の上でバランスを取っているご先祖ネコ様だっている。あの伝説のマークィーに立ち向っている様子もあれば、マークィーの背中に乗って、坂道を猛スピードで下ってゆく氷像まであるんだ。まるで絵本の中から飛び出してきたみたいで、いつ動き出すんじゃないかってハラハラするかもね。
そんな像をみんなで見て回る。
匹数を決めて、順番を決めて、時間を決めて、ご先祖ネコ様の氷像を見て回る。言ってみれば たったそれだけのお祭りなのさ。
一体どういう意味があってそんなことをしてるのかって?
茶色いマイケルがお母さんネコから聞いた話ではね、”遊びを捧げている” らしいよ。
楽しそうに遊ぶご先祖ネコ様の氷像を見て、そこに想いを重ねる。自分たちも一緒に遊んでいるところを想像するんだ。
そうすることで『子孫のネコたちはこれだけ楽しく暮らしていますよ』っていうのをご先祖ネコ様に見てもらう。
そしたらさ、スノウ・ハットの街を眺めているご先祖ネコ様だって『このままでいいんだね』って思うでしょ? 雪かきが大変そうだからって、雪が降るのを止めたりしない。
遊びを捧げることで お話をしているんだよ。ご先祖ネコ様たちとね。
雪かきは大変だけど、その雪が無くなっちゃったら遊べないんだから!
氷の神殿で遊びつくしたら、歌と踊りの間 を通って地上に戻る。この部屋では楽器が鳴りやむことなく、巫女ネコさんたちが一日中うたったり踊ったりしている。もちろん交代でだけどね。
大昔の踊りがそのまま受け継がれているっていう話だ。
この部屋を通るネコはね、どんなにせっかちなネコでもみんなと同じ足取りになるよ。チルたちがここを走り抜けようとしたんだけど、一歩足を入れたらピタリと、他のみんなと同じようにゆっくりになったんだから。
つまらないお祭りだなって思った?
子供たちにはそうかもしれない。
でも、神聖っていう言葉が分かるようになるころには、このお祭りをきっと好きになっているはずだよ。
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