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玄関の鈴がカランカランと威勢よく鳴った。
茶色いマイケルとお母さんネコは片付けの途中だったから、
「「はーい」」
と声だけ先に玄関へ飛ばしたよ。ガチャリとドアノブをひねる音が聞こえた。扉の閉まる音がして、もう一度ドアノブをひねる音。
どうして二回もドアノブをひねる音が聞こえるのかっていうとね、スノウ・ハットの家の玄関は、どの家も二重扉になっているんだ。
外から家に入る前に、もう一つ小さなお部屋があるようなもの。そうしないと吹雪にでもなれば家の中に雪が吹き込んじゃうからね。あと、あったかい!
二つ目の扉が開いて しっぽの先がのぞくと、誰が来たのかすぐにわかった。
「まぁいらっしゃい。来てくれて助かるわ」
「いいえ、こちらこそ。だってワタシ 話し相手が欲しいだけなんだから。あら、茶色いマイケルちゃん、こんにちは」
「こんにちは、チルたちのお母さんネコ! いつもありがとう!」
五つ子チルのお母さんネコだ。
いつもお昼を過ぎたころに こうして遊びにやってくる。遊びっていうわりにはお掃除やお洗濯まで、いろいろなことを手伝ってくれるんだけどね。
すらっとしたシルエットにクラシックな眼鏡をかけて、ネコたちにはめずらしく背筋をピンとのばした印象がある。実はどこかの国の王女様なんじゃないかっていうくらい優雅に歩くもんだから、家の中がとっても華やかになるよ。
チルたちのお母さんネコは何かに気づいたように鼻をスンスンさせ、茶色いマイケルの方を見て笑った。
「いっぱい食べられたみたいね。おいしかった?」
カリカリパイを食べたことがバレちゃったみたい。
「えへへ。すっごく!」
そこへお母さんネコがやってきて、
「よくわかったわね。匂いはもうほとんどしないと思ったんだけど」
とヒクヒク鼻を動かした。
「ちがうのよ、ほら」
すっと近づいてきたチルたちのお母さんネコは、茶色いマイケルの後ろに立って肩に両手を乗せる。すると正面にいたお母さんネコが、
「いつまでも味わえていいわねぇ」
と茶色いマイケルの顔を見て笑った。
ハッとして、壁時計の下にさげてある大きな姿見を覗き込んでみれば、口の周りの毛があめ色に染まっていたんだ。全部拭ったと思ってたのに! カリカリパイのジャムがまだ残っていたんだね。どうりでずっといい匂いがするはずだよ。
茶色いマイケルは慌てて袖で口を拭おうとしたんだけど、
「汚れちゃうからこっちを向いて」
とチルたちのお母さんネコは、濡れたタオルをそっと当てる。タオルなんていつ用意したのかな、ちっとも分からなかった。親ネコって時々、びっくりするくらい動きが素早いよね。
目を閉じるとほんのりあたたかい濡れタオル。
トントントンと、服のシミを取るみたいに優しく拭ってくれる。
「こうしてると去年のシロップ祭りのことを思い出すわ。ふふふ、ねぇ、あなたも覚えているでしょう?」
声をかけられたお母さんネコもそう思っていたらしく、
「あれは本当に大変だったわね。みんなしてシロップ……ふふふ」
「しかもしっぽにあんな跡までつけてね」
二匹はもうガマンできないとお腹を抱えて笑い出す。濡れタオルが小刻みに震えてちょっと気持ちよかった。だけど茶色いマイケルは恥ずかしがったよ。
「もう、そんなに笑わないでよ。ボクだってビックリだったんだから!」
去年のシロップ祭り。
茶色いマイケルはね、危うく食べられてしまうところだったんだ。
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