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風の神がどうして鏡を割ったのかはわからない。
神世界鏡はどの神にとっても大事なもので、もちろん風の神だって大切にしていたんだからね。悪戯好きだったのは誰もが知るところだけど、まさかケラケラ笑ってどこかへ行っちゃうなんて。まるきり性格が変わったとしか思えなかった。
怒ったかって? そりゃ怒りもするさ。嵐の神や雷雲の神を引っ張って来て、風のヤツを探させたりもした。
だけどそれ以上にやらなきゃいけないことがあるからね。
僕は砕けた神世界鏡の修復を始めた。
そういえば神世界鏡について詳しい話をしていなかった。
神世界鏡っていうのは『権能小片の集積体』、つまり神々の”力の切れ端”を集めたものなんだ。
神は強大な力を持っているけれど、中には自身では制御できないものもある。普段使うには大きすぎる力って思ってくれればいいよ。君たちネコも普段は爪を隠しているだろ? やみくもに引っ掻いちゃわないようにさ。それと同じ。
その制御不能な力を切り離して、力を力で補い合うことで安定させたものこそが、この神世界鏡なのさ。これがあれば力の弱い神でも強い権能を安定して使うことが出来るし、逆に強すぎる力を持った神でも、繊細に特殊な権能を発揮することができるんだ。
だから使いたいときに使える状態であるべきだし、むやみに使えないよう管理する必要もある。
幸い、すぐに使いたいって予約はなかったから、僕は修復に力を注いだ。
修復に必要なのは神力だ。鏡は割れちゃったけど『神々の権能記録』は本体に残っていたからさ、時間をかけて力を注ぎ続ければそれなりに使えるようになるのは分かっていた。繊細な作業は応急処置が済んでからでも遅くはないって思ったんだ。
その考えが甘かったのかな、時間は突如無くなった。
大地の神が空にやって来て、神世界鏡を使わせろと言ってきたんだ。
話はしたさ。
まず正直に謝り、そして成り行きを語り、これからどうするのかを丁寧に説明した。
その時ちょうど雲の神もいたから、一緒に聞いてもらってたんだけど、あの神は納得してくれた。協力さえ申し出てくれたんだ。
だけど大地の神はそうじゃなかった。
話に耳を貸す様子もなく、
『嘘をつくな、すぐに出せ』
と怒鳴りたてる始末さ。おかげで空は荒れ、雲の神が吹き飛んでしまった。
僕はそれでも分かってもらおうとした。神世界鏡の割れた姿も見せたし、協力してくれればより早く直るからという提案もした。
『そうだ、いっそ他の神たちを集めて全員の力を貸してもらおう。その方がずっと早い。大地以外にも使えなくて困る神が今にも現れるかもしれないからね。謝罪はもちろんするさ。不始末を受け入れ、神世界鏡の管理からも退こう。どうか、みんなへの呼びかけに協力してくれないだろうか。いや、虫のいい話だね、僕だけでもする。だから少しだけ、鏡を直す間だけ待っていてくれないか』
比較的おおらかな大地の神がこんなにも怒るなんて思ってもみなかったから、僕は焦っていた。
他の神からも同じように責められるんだろうなって思ったし、何より大地の神との関係が崩れてしまうことを恐れたんだ。
だから言葉を尽くそうとした。なのに。
『もっともらしいことを論ってまで俺の邪魔をするのか。お前、神世界鏡を使って何か良からぬことを企んでいるな』
何を言われているのか分からなかった。
邪魔なんてするつもりはないし、そうでないことは説明してきたつもりだったからさ。ましてそれ以上の疑いをかけられる謂れはないはずだ。こっちは連日、大空の維持に必要な分を残し、すべての力と時間とを、神世界鏡の修復に費やしていたんだから、他に企てなんて出来る状況にはなかったんだ。
だから思わず……。言い方は悪かったかもしれない。カッときて噛みつくように返してしまったんだからね。
それでも、『やはりな』という目を向けられたことが、何より堪えた。
我を忘れ、空を裂いてしまうほどに。
大地の神との喧嘩はそう長くはなかったと思うけど……そうだよね、ネコたちにしてみれば結構な日数だったらしい。
喧嘩の勝敗はもちろん僕の勝ちさ。
神同士の争いは、場所の取り合いで決まることが多いんだ。やり過ぎて相手を亡ぼしてしまえば星のバランスが崩れ、自滅を招きかねないからね。約束を交わして勝敗条件を決めるまでもなく、どの神もわきまえている。
今回は僕が勝った。場所が空だっていうのもあったし、僕は僕の正当性を信じて疑わなかったから迷いがなかった。どういうわけか大地の神が弱っていたのもあるかな。
喧嘩をするのは初めてじゃなかったんだ。世界の調和という同じ目的を夢見ていれば、意見のぶつかり合いはいくらでもあったからね。何度も喧嘩して、そして何度もまた同じ方を向いた。
今回それが出来なかったのは異常というしかない。
僕から場所を奪えず弱った大地の神は、代わりに別の場所を僕から奪った。
かつて友好の証として自らが送った、空の繁栄をこれまで支えてきた雄大な山脈を。
そう、大地の神は今も、あそこに見えるクラウン・マッターホルンを占拠し続けているんだ。
***
大空ネコさまはキッと振り返り、刃を鋭く尖らせたノコギリのような山脈を見遣ったよ。本物の方をね。
つられて茶色いマイケルも目を向けたものの、そう長くは見ていられなかった。どうしてかって? 怖かったからさ。ほんの少し言葉を挟んだだけの灼熱のマイケルが、あれだけひどい目に合わされたんだ、仲直りできないくらい怒り狂ってる大地の神さまがどんなことをしてくるかなんて……考えたくもないや。
『今は空の所有物であるとはいえ、クラウン・マッターホルンは大地の神の権能で造られた”山”でもある。弱った神力を回復するのにも都合のいい場所なんだよね』
本拠地である”山”に居座った大地の神さまは、空でも強い力を発揮できるらしい。
すぐにでもまた、神様同士の場所の取り合いを始めようかと考えた大空ネコさまだったけど、山脈が壊れてしまえば空ネコたちの生活の維持が出来なくなるから困ったものだよ。
それだけじゃない、って大空ネコさまは再び茶色いマイケルたちの方へ向き直った。
『あいつは僕のかわいい空ネコたちに、とんでもない呪いをかけたんだ』
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