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雪が降りはじめるよりも前の季節のことだった。
茶色いマイケルとお母さんネコは、丘へと続く坂道を歩いていた。
お母さんネコについて歩く茶色いマイケルの、茶色いしっぽは踊るように弾んでいて、もしも茶色いマイケル自身がそのしっぽを見たなら、飛びかかっちゃってたかもしれないね。
トンネルみたいな木々を通り抜け、少しだけ優しくなった太陽の光に目を細める。丘のてっぺんにネコの手の形をした高い塔が 、ちょこなんと見えていた。ご先祖ネコ様のお墓だ。
ご先祖ネコ様っていうのは、スノウ・ハットに住むみんなの 遠い遠い おじいさんネコと おばあさんネコのこと。何にもなかった林の中に家をたくさん建ててくれたんだから、とってもすごいんだ。
丘の上のお墓に来たら、まず ご先祖ネコ様のお墓にお参りする。目をつむって肉球を合わせて、それからむにゃむにゃと口を動かすんだ。
昔、「どうしてお口をむにゃむにゃするの?」って聞いたことがあるんだけど、詳しくは教えてもらえなかった。「そのうちわかるわよ」って微笑むばかり。
だから茶色いマイケルのする お口むにゃむにゃ には意味なんかなくって、お母さんネコの口元を見ながらマネをしているだけなんだね。
それが終わると家のお墓に向かう。
ご先祖ネコ様のお墓にしっぽを振って、秋の匂いのするほうに歩いていけば、数え切れないくらいのお墓があるんだ。
その なだらかに広がった丘の上に出ると、茶色いマイケルはいつも頬のヒゲが うにゃっと曲がってしまう。きれいな絵のついた本をめくったみたいで、たくさんの物語がそこから流れ込んでくる気がするんだよね。
スノウ・ハットの穏やかな街並みの手前に、茶色いマイケルの家のお墓がある。
ご先祖ネコ様のお子様の、そのまたお子様くらいが作ったお墓だってお母さんネコは言ってたっけ。それが茶色いマイケルにとってどれくらいのおじいさんネコおばあさんネコなのかは、ちっともわからないんだけどさ。
「さぁ茶色いマイケル、ここへきて大きくなったお前を見せておあげ」
茶色いマイケルは「にゃお」と返事をしてお墓の前に立った。
「ボクはこんなに大きくなったよ! お母さんネコがおいしい料理をいっぱい作って食べさせてくれるからね。これからもどんどん大きくなって、スノウ・ハットの街を守るんだ! あっでもね、街はすっごく平和だから、何から守るのかはまだ決まってないんだけど」
お母さんネコは「まぁこの子ったら」と言って、茶色いマイケルのほっぺたに茶色い頭をこすりつけたよ。おひさま の匂いがした。真っ白な右耳がひくひくと動いていた。
「雪がとっても好きだったの」
茶色いマイケルと場所をかわったお母さんネコが、やさしい声で話しかける。
「新しい雪を見つけると とたんに走り出して転がりまわるの。あなたそっくりだわ」
どっちに話しかけているのか わからない茶色いマイケルだったけど、尋ねたりはせずに黙って聞いていた。
「目をつむると はしゃいでいるあなたの姿がいつでも浮かんでくる。『ほら、おいでよ』って言ってくれたわね。だけど私はそんなあなたを見ていたかった。あなたがしっぽで飛ばした雪がとても冷たくて、とっても気持ちよくて」
お母さんネコはそこまで言うと、ご先祖ネコ様のお墓に向かってそうしたように、肉球を合わせてうつむいた。
隣で同じ格好をする茶色いマイケル。
それからお母さんネコの口元を見て、お口むにゃむにゃ をマネしたんだ。
口からこぼれる音をよく聞いて、同じようにのどを鳴らす。
そしたらね、なんだか少し、鼻の先っぽが つんとした。
お母さんネコはいつも通りにむにゃむにゃ口を動かして、みゃあみゃあと小さく鳴いているだけなのに、茶色いマイケルにはそれが、とても大切なことのように思えたよ。
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