3-7:箱詰め子ネコ

メロウ・ハートの廃都市と果実のマイケル メロウ・ハートの廃都市と果実のマイケル

***

 隣にいた灼熱のマイケルが、荷物の無事を確認し終えた時だった。

 ぉー…… ぉー……

「「ん?」」

 消えかけのヤマビコみたいな音が、よく響く廊下をゆらゆらと漂ってきたんだ。なんだろう、誰かが呼んでる? なんて考えているうちに灼熱のマイケルは立ち上がっていた。手を差し出して、

「とぼけた声だが助けを求めているのかもしれん。先にそっちを片付けよう」

 と高い声で言う。茶色いマイケルはうなづいて、その手をとった。

 改めて走ってみると通路には小石だけじゃなくガラスや木片も散っていた。よく刺さらなかったなぁ。感心しているとピクリ、耳が向きを変える。

「だんだん近く……こっちだよ!」

 アーチをくぐって左の廊下へと折れ曲がり、その先でまだ右の廊下へと曲がる。ジグザグに走っているのは音の反響がすさまじいからなんだ。場所をつきとめるのもひと苦労さ。

 たどり着いたのは、たぶん舞台の真下。とっても天井が高い。

 だだっ広い空間の真ん中に、むき出しのエレベーターみたいな装置があって、その周りには演劇で使う背景セットが並べられていた。木が多いかな。岩や草もある。

 その中の一つ、ひときわ大きな木にちょっとした小屋が造りつけてあって、声はそこから聞こえているみたい。

「おーぃ……かぁー……な……ぉ?」

 くぐもった声。もう間違いようがないね。2匹は小さくうなづいてから小屋に跳び乗り扉を開けた。すると、

「あぁやっと来てくれたぁ。ごめぇん、お腹すいちゃったんだよねぇ。何か食べるもの持ってなぁい?」

 2匹のマイケルが絶句したのは、その能天気な声にじゃなかった。その子ネコ(たぶん)がさぁ、四角い箱の中に、頭からぎゅうぎゅうに詰め込まれていたからなんだ。発酵して型枠からはみ出したパン生地かと思っちゃったよ。

「えっと、キミは……遊んでいるの?」

 念のために確かめてみると、笑い声が返ってくる。

「あふふ。食べ物を食べる以外の遊びなんて、オイラしたことないな」

 何で楽しそうなんだろう。

「豚がしゃべったらこんなセリフを吐きそうだ。なんだか無性に腹が立ってきたから置いていくか」

「えぇ、待ってよぉ。できればここから出して欲しいんだよねぇ。まだやらなきゃならないことが残ってるしぃ。あとお腹すいたから何か食」

 バタン、と扉を閉めたのは茶色いマイケルだった。毛が逆立ち始めていた灼熱のマイケルを、これ以上刺激したくはなかったんだ。

「ごめんごめん、冗談はおいておいてさぁ、早く逃げないとまたあいつらが来ちゃうんだよぉ。あいつらヒドいんだからぁ。遊び半分でオイラをこの中に詰め込んだまま、ぜんぜーん出してくれやしないんだ。もう5日もこの状態なんだからぁ。あれぇ? 聞いてるよねぇ?」

 かすかに緊張した声で尋ねる箱詰め子ネコ。置き去りにされたと思ったのかも。もちろんその場にいたけどさ。5日だよ? そりゃあ放っておけるはずないよね。

「なるほど、つまりお前と一緒にいると面倒ごとに巻き込まれるということか。ただでさえ厄介ごとのニオイのする街なのにそれは困る。よし、こいつはここに置いていこう。なに、心配はいらん。腹が減ったらこれでも食え、来るときにそこで拾ったチーズだ」

「えええぇ!? ちょ、ちょっと待って欲しいんだよぉ。オイラこの箱から出られなくって……ってねぇ、聞いてるのかぁい?」

 茶色いマイケルは安心した。ヒドいことを言った灼熱のマイケルの顔は誰がどう見てもイタズラしている子ネコの顔だったんだからさ。

 口の前にしっぽを立てて、「しばらく黙っていよう」と目が笑っているんだ。どうしてイジワルするのかは分からなかったけど、怒ってるわけじゃないみたいだ。

 2匹がしばらくそうしていると、スンスン、スンスンと匂いを探る音が聞こえてきた。

「あぁ! だましたなぁ! チーズなんてないじゃないかぁ……。それに扉の所に立っているし。もしかしてオマイラもオイラをからかって遊ぶつもりなのぉ?」

 2匹のマイケルはヒゲをぴょこんと跳ねあげた。箱詰め子ネコはどう見ても頭から箱に入っていたし、今は小屋の扉も閉め切っている。

 ネコの鼻はすごく良いけれど、さすがにそんな状態で、しかも壁を隔ててまで利くほどじゃあないんだ。音だって立ててないのに、2匹が立っている位置まで分かるなんて。

 茶色いマイケルは「もういいでしょ?」と苦笑いして見せてから扉を開け、

「ひっくり返すから、舌噛まないようにね」

 と箱に手をかけた。

「ありがとぉ。でもどっち側にひっくり返すとか教えてくれなぁああああ」

 ドスン

 室内に溜まったホコリが舞いあがり、もくもくと煙る。2匹のマイケルがくしゃみを連発している横でもぞもぞ動いていたかたまりは、

「ふぁあ。いきなり倒すんだからなぁ。でもありがとぉ。おかげで箱から出られたよぅ」

 ぬっと起き上がり頭を下げた。思っていたよりも大きい。灼熱のマイケルの2倍とまではいかないけれど、茶色いマイケルの頭一つ分くらいは大きくて、横幅もあった。

「おんやぁ? このニオイ……」

 箱詰めされていた子ネコが鼻をヒクヒクさせる。狭い小屋の中、茶色いマイケルはこの子ネコの影に入っていた。

「ねぇオマイラぁ。オイラの荷物、どこやったぁ?」

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