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「ま、まてっ!」
子ネコは観客席を登りきっていた。ボロ服がひらりと揺れて2匹のマイケルを盗み見る。
「下だ、下に降りてった!」
「わかっとる! ワシは上から見張るから茶色はヤツを追え! 地下に逃げるかもしれん」
ぴょんと階段を飛び下りたけど「場外に逃げた」という声はない。地下へのスロープを駆けていくと、その先には長い廊下があった。リコーダーに空いた穴のように、廊下の壁に沿っていくつもの、アーチ状のわき道が並んでいる。
「いた!」
奥、カーブの先でしっぽがちらりと揺れたのを見逃がさなかった。四つ足になって地面を蹴るとジャリッと小石の音がする。背中はすぐにとらえた。
だけどなかなか捕まえきれない。この場所のせいかな。
あっちこっちの通路が繋がっていて、しっぽに手を伸ばしてつかもうとした瞬間にクイッ、と別の通路に入って切り返されちゃうんだ。同じ子ネコでも茶色いマイケルのほうが体が大きいからさ、ちょこまかと動き回られると一瞬遅れちゃうんだよね。
でも待って。茶色いマイケルはふと、おかしいなって思ったんだ。自分よりも足の速いネコはいると思う。だけどさ、スーツケースを持ったままの子ネコに、いいように逃げ回られるなんて。
そう思って見てみると答えは単純明快だった。
「持ってない!」
ピン、とヒゲを伸ばした茶色いマイケルは、追いつくのをわざと遅らせて、子ネコが右へ曲がる瞬間に、その一つ手前の通路に回り込む。くるっと折り返そうとした子ネコはびっくりさ。茶色いマイケルが目の前にいたんだからね。
ボロ切れの向こうからギロリと睨みつけられたのがわかった。だけど構わずネコダッシュで飛び出した!
わわっ、と子ネコが迷った一瞬の隙をついて、腰のあたりにネコタックル! 一歩二歩と苦し紛れに子ネコはもがいたけど、最後はどしゃんと地面に倒れ込んじゃった。
「もう逃げちゃだめだよ! 荷物はどこ……あった!」
茶色いマイケルは子ネコを押さえつけたまま辺りを見渡して、柱の陰にスーツケースが立て掛けられているのを見つけた。
どうしてすぐに見つけられたのかって? 足跡さ。
ジャリジャリの小石の上にくっきりついた足跡。そこに気づけば誰にだって見つけられる。あちこち逃げ回っているように見えた子ねこだけど、実は、最初に通った柱の陰から離れすぎないように走っていたのさ。茶色いマイケルを出し抜いたらすぐ、取りに戻ってこられるようにね。
すごい? へへへ、鬼ごっこは大好きだから!
「茶色ー!」
まだかなり遠くだったけど、灼熱のマイケルの声が聞こえた。茶色いマイケルは「みゃぁあ!」と鳴き声で知らせる。
捕まえた子ネコの着ていたボロ切れは、長いこと洗っていないみたいでスゴイ臭いがした。鼻が曲がっちゃいそう。ただ、呼吸のために空気を吸い上げた時だ。
「ん? これって……」
一瞬。ほんの一瞬、腰に抱き着く手が緩んじゃった。子ネコだとしても相手はネコ。どうなったかは分かるよね。
スルスルスルっと滑るように抜け出して、スーツケースとは逆方向に走って行っちゃった。
「おい、大丈夫……あっ、あいつめっ!」
駆けつけた灼熱のマイケルが後を追おうとする。それを止めた。廊下にヒザをついたままの茶色いマイケルは、訝しがる灼熱のマイケルにしっぽでスーツケースの場所を示し、
「ピッケ」
そう小さくつぶやいたんだ。
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