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「第2ポイントは少し離れているが、時間は十分にあるから確実に進もう」
茶色いマイケルたちは朝6時を過ぎてから小屋を出て、第1ポイントのあった森林地帯とは逆方向の道を進んでいた。
虚空のマイケルが先行し、きょろきょろと忙しなくしている。危険なものがないかどうか先行して偵察してくれてるんだ。
まだまだ山の中腹で見通しのいい道だし、そこまで心配いらないような気もするけれど、その装備を見れば警戒し過ぎでもないって思えるよ。
耐熱・衝撃吸収性の高いネコジャケットとズボン、スプリングの利いたネコシューズ。ザックはパンパンですごく重そうに見えるものの、実はこちらも衝撃を吸収するための素材がたくさん詰め込まれていて見た目よりもずっと軽い。何よりその頭にかぶった特別性ネコ用ヘルメット(通称:ネコヘル)がこれからの道行きの厳しさを思い知らせてくれる。
「ここ数年、第2ポイント周辺には礫が降ってくるという記録があった。どうやら隣接する山のマグマ溜まりが活性化しており、火口から吐き出しているようなんだ。礫と言っても侮らないでほしい、数キロ噴き上げられた石弾は凄まじい位置エネルギーを持っている。装備は最高の物を用意したが過信はしないでくれ」
そう、今向かっているのは噴石地帯。当たればコツンでは済まないみたい。
「ねぇ虚空疲れたでしょ。昨日の今日だし、そろそろボクが代わるよ」
状況を知らせに戻ってきたところに、茶色いマイケルが交代を申し出た。今日はまだ休憩をしていないから、腰を下ろすほどではないにしても一息つくくらいは必要だって思ったんだ。
「いや、気遣いはありがたいがまだ2時間も経っていない」
「そう? じゃあ2時間経ったら一度休憩する?」
「それも必要ない。俺の選択教練の一つは長時間の偵察だったからな。集中力を持続させるためにも、緊張の中に身を置いておきたいんだ」
「でも……」
「まぁまぁ茶色ぉ。偵察してくれるっていうんだからやってもらおうよぉ。身体ももう大丈夫なんでしょう?」
「あ、ああ。ではそういう事だ茶色いマイケル」
虚空のマイケルはそう言い残してそそくさと先へ行ってしまった。本当に大丈夫なのかなぁと心配に思っていると、
「虚空はさぁ、昨日のことを気にしてるんだよぉ。一緒にいると照れくさいしぃ、オイラたちと少し距離をおきたいんじゃないかなぁ」
果実のマイケルが隣から語り掛ける。
「いい痺れっぷりだったからな、虚空のやつ」
逆側に並んだ灼熱のマイケルは、クククと可笑しそうにしていた。
笑っちゃ悪いよ、と言いながら茶色いマイケルも自分の口元がヒクヒクとしているのを感じる。
昨日、痺れた虚空のマイケルを茂みで発見した3匹は、その傍らに落ちていたキノコを見て事情を察した。茶色と灼熱の2匹が果実のマイケルを見ると、
「大丈夫、これはスコシマヒキノコって言ってぇ、即効性の麻痺毒はあるけどぉ、たくさん口にしなければ命にかかわるものじゃないよぉ。一口しか齧ってないし、早ければ一時間もしないうちに痺れは抜けてくるからぁ」
と容態に関することを教えてくれた。2匹はホッとして、指示に従って虚空のマイケルを山小屋まで運んだんだ。
果実のマイケルの見立ては正しかったようで、40分ほどで目を覚ました。ただ、まだ痺れが完全に抜けるまでにはもう少しかかるみたい。
「すまない、迷惑をかけてしまった。う」
ベッドに横たわり謝る虚空のマイケルは、とても恥ずかしそうな顔をしている。痺れたことも理由の一つではあるんだけど……お腹がぐうぐう鳴っているんだ。痺れてるから手を押し当てることもできないでいる。そんな顔をされるとこっちまで恥ずかしくなっちゃうじゃない。
いたたまれなくなった茶色いマイケルは、シチューを食べさせてあげようかと提案した。
「いや、今は遠慮しておこう。腹は減って、う、もう少しは耐えられるはず、う」
お腹は正直だ。見かねた灼熱のマイケルが鍋を持ってきたのはそのしばらく後だった。
「ワシらもまだ少ししか食っておらんのだ。ここで食わせてもらうぞ」
「ええっ、ここで食べるの?」
「ああ、どうしても食いたくなるように見せびらかして食ってやる」
「あふふ、性格悪いなぁ。まぁオイラもお腹すいてるし食べちゃうね。ほらぁ、茶色も。温め直したから食べちゃってぇ」
押し付けるように渡されたシチュー皿とスプーン。虚空のマイケルを見れば「構わない」と平然とした顔をしているけれどお腹は鳴りっぱなしだ。茶色いマイケルもお腹は空いていたし、結局食べたんだけどね。でも問題はそこからさ。
明らかにお腹を空かせているにもかかわらず食べないと言い張る態度に、業を煮やした灼熱のマイケルが火を噴いた。
「ええい、お前がそういう態度を取る理由はなんとなく分かる。しかしそのせいで命を失うところだったんだぞ。本当ならば今日のうちに第2ポイントに行けたというのにその時間も失った」
苦々しい顔で目を逸らす虚空のマイケル。
「それにこの先はどうする。持ってきた食材は全て果実のマイケルが携行食に作り直すのだからそれも全て食わないつもりか」
「くっ……しかし……」
「しかしもお菓子もない! お前が今すべきは作戦成功のために無理にでもこのシチューをその腹に流し込むことだ! どれ、ワシが食わせてやる、吐き戻すなよ?」
なっ、と驚く子ネコに迫る、たっぷりシチューを湛えたお玉。
拒絶したい虚空のマイケルはまだ首から下を動かせる状態ではないみたいで、陸揚げされたばかりのサンマみたいにピチピチと跳ねることしかできない。
そこへ果実のマイケルが後ろから上半身を押さえつけるものだからいよいよ身動きが取れなくなってしまった。他にできることと言えば、寄せるお玉を必死の目で見つめ続けることくらいなんだけど、その目が怖すぎて、灼熱のマイケルでさえちょっと引いていた。
「観念せい!」
「ん、んんっ!」
それでも口を閉じ続ける姿を見かねて茶色マイケルは、
「ごめんね」
と言ってアゴの下を撫でたよ。
効果はてきめんだった。「はふん」と脱力した虚空のマイケルの口がパカッと開いたのをいいことに、灼熱のマイケルが少し冷めたシチューをとぷとぷと流し込んだんだ。
んんーっ、と非難混じりの驚愕が茶色いマイケルに向けられる。こわい。
「一杯目はもう喉元を過ぎたようだな。ほれ、詰まらせる前にごくりと鳴らせ。でないと窒息するぞ。吐き出すという手もあるにはあるが、それは調理した者に対する礼儀がなっていないのではないか? そこのところどうなのだ」
王族として。
その言葉に虚空のマイケルは観念したらしく、きちんと飲み込んだよ。白目をむきながらだけどさ。
「どうだったぁ? おいしいでしょぉ?」
「……ああ。一流シェフネコのシチューにも引けを取らない濃厚でクリーミーな」
「御託はいい。うまかったならもっと食え」
「いや、少し待ってくれ心の準備を」
「うるさい、準備は腹でしろ」
その先は食事と言っていいのか分からない。
うまいか、とトプトプ流し込む灼熱のマイケルに対して、うまいうまいと言いながらも白目をむいて拒絶し続ける虚空のマイケル。果実のマイケルは押さえつける役を茶色いマイケルに任せて携行食を作りにキッチンに行っちゃうし、慌ただしいったらないね。
ま、その甲斐あって今朝は虚空のマイケルも大人しく朝食を食べてたんだけどさ。
だけど今度は……。
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