***
「うおっ、なんだ俺たち浮いてるのか!?」
「いや、まだ落ちてるね。でもケツの穴がムズムズしなくなってる」
「ハハッ! ある程度勢いがつくとこんな風に感じるんだなぁ、初めて知ったぜこれが無重力ってやつか」
「不思議な感覚だよねぇ、まるで浮いてるみたいだ」
「そうだな、誰かにケツぅ支えられて宙に浮かんでるみてぇな感覚だ。悪くねぇ」
「もうちょっと座り心地が良ければいいんだけどね」
「あ、あのぉ……」
「「ん?」」
上半身裸の2匹のサビネコを両腕に抱えたまま、茶色いマイケルは伺うように話しかけた。かなり気を使った。2匹のサビネコは茶色いマイケルを見るなり、さらに饒舌になる。
「おいおいなんだこの子ネコ! あっ、そうかお前も訳も分からずこの穴に落ちちまった口だろぉ! そんで心細くなったから俺たちにつかまってると」
「こんな子ネコまで放り出すなんて鬼畜ネコなレースだ! 許せないよね」
「だがもう安心していいぞ! こうして出会ったのも何かの縁だ、とりあえず底に脳ミソぶちまけられるまでは話相手になってやるからな!」
「ンハハッ! 兄ちゃん諦め早いってば」
ガッハッハと豪快に笑う成ネコ2匹を両手に抱え、苦笑いを浮かべる茶色いマイケル。助け舟を出してくれたのは灼熱のマイケルだ。
「貴様ら、ここで笑っていられる胆力は褒めてやるが、状況を見ろ! 成ネコならいつまでも子ネコの腕に乗っかっとらんで自分で飛ばんか! 必要なら飛び方を教えてやっても」
「おいおいなんだか勢いのあるチビチャンがいるぜぇコハクよぉ!」
「フゥ~↑! 粋がってるねイキってるね! いいよいいよ、そういうの俺たちいいと思うよ!」
「話の聞き方を知らんネコらしい。茶色、一度手を離してやれ」
茶色いマイケルは、なんだかものすごく待ち望んでいた許可をもらった気がして、「うん!」と素直に元気よく腕から力を抜いて2匹のサビネコを落とした。
は? という顔をしておしりから落ちていく2匹のサビネコ。
暗闇に沈んでいく寂しげな顔を見ているとふつふつと罪悪感が湧いてきたので、慌てて助けに行こうとしたんだけど、「もう少し待て」と灼熱のマイケルに止められてしまった。
とはいえ、そう長くはかからない。
「「はああああ!? なんでお前ら飛んでんのぉぉお!?」」
『やかましーネコたちだなー』
状況を把握したことを確認すると、4匹のマイケルたちは2匹のサビネコをすくい上げ、それから芯の使い方を教えた。「身体の中心に力を入れて」くらいしか教えてないんだけど、2匹は驚くほどあっさりと芯の使い方を覚えたよ。
「マジかぁ! すげぇーぜこりゃ! こんなんぶっちぎりで完走できんじゃねーか!」
「ぶっちぎりのわりに目標が低いけど、ホントすごいよ、ネコが飛べるなんて思わなかった! これなら、ね、兄ちゃん!」
「!? そうだな! おい、お前らあんがとよ、この恩は忘れねぇからな!」
すると兄ちゃんと呼ばれた垂れ耳のサビネコがキョロキョロしだす。コハクと呼ばれていた弟のサビネコも、それに続いて動き出そうとしている。
「なんだ、先を目指ざさんのか?」
「先は目指すさチビチャン! だがよぉ」
「困ってるネコたちがこれだけいるんだ、助けてあげないとね!」
「しかしこの数は難儀だぞ?」
「何言ってんだ、お前らが教えてくれたんだろうがよぉ! 恩には恩をだ! なぁコハク!」
「だね! 芯の使い方を教えてやればいいだけっしょ! オレたちが10匹を飛べるようにしてやれば、その10匹がさらに10匹を飛べるようにしてやれる」
「それを繰り替えしゃあ、みんな助かるんじゃねぇのかぁ? 分かんねぇけど。ま、やるだけやってみろだ! 脱落者増やして賞品ケチりたいのか知らねぇがデスレース上等! 全員助けて主催者にほえ面かかせてやるぜぇ!」
ひとしきり喋り終わると2匹のサビネコは燕のように身体をひるがえし、落っこちているネコめがけて飛んで行ってしまった。「「おーい!」」と呼びかける声が辺り一帯に響いている。これなら他のネコたちもすぐに芯を使えるようになるかもしれない。
茶色いマイケルたちはそれを聞いて、
「ボクたちもそれでいこう」
と、うなづき合ったよ。ただし、
「でもぉ、先に動物たち助けた方がいいよねぇ、芯の説明したって通じないだろうし」
芯の使えない動物たちを最優先でね。
***
それからしばらくの間、4匹は精一杯頑張ったんだ。
だけど残念ながら、全員を助けることは出来なかった。
思ったよりも底に到達するのが早かったし、それに動物たちの数も多かった。中には怯えて暴れてしまい、近づくことさえ出来ずに底に激突してしまった動物も多い。
茶色いマイケルたちにとって救いだったのは、底に激突しても血みどろの光景にならなかったという事だろう。ある程度の速度で底に近づいた動物は、激突する前にほのかに輝く泡となって、ぶくぶくと消えてしまったんだ。ほんのり黒い靄も出ていた。
「あの泡の輝きを見るに、俺たちはネコ精神体としてこの場所に連れて来られているようだな」
底に辿り着いた茶色いマイケルたち。さらに落ちてくる動物たちはいないかと見渡しながら、虚空のマイケルが言う。
「なるほどな、だからワシらはこの格好になっているというわけか」
「どういうこと?」
「ネコ精神体は心の姿なんだ。”自分の思う自分の姿”が写し出されていると言ってもいい。だから一番馴染みのある服装だったのだろう」
「っていう事はぁ、泡になって消えた動物たちはどうなるのぉ?」
「『神域接続の間』と同じであれば、多少精神に傷を負う程度で、死にはしないはずだが……」
『そのネコのゆーとーりだなー。ここでボツっても死にゃーしねーよー。参加賞もらって元のとこに戻るだけだー』
風ネコさまのその言葉に、茶色いマイケルはホッと耳を横に倒す。
上の方ではサビネコ兄弟たちが、ネコたちに飛び方を教えてくれているらしい。ちらほらと、たどたどしく芯を使って降りてくるネコたちの姿が目に付いた。降りてくるのはネコたちばかりで、もう助ける動物たちはいないみたいだ。だとすると問題は……。
「これからどう進むかだな」
暗がりの中、灼熱のマイケルが地面を爪先で蹴る。すると、
とぷん
と粘り気のある水みたいな音を立てて足元に波が立った。波は緑色の光を帯びていて、ゆらゆらと遠くに流れていく。その際、ネコたちの顔を下から照らしていた。
「潜れ、という事か」
「他に出口はなさそうだしねぇ」
茶色いマイケルたちと動物たちの他にも、穴の底に辿り着いたネコは多い。だけど、先へ進む道を見つけたという声は聞いていない。抜け駆けを狙うネコがいたとしても、少なくない数のネコを助けたんだから……ね。
つまり、下。
それが順路だろうと、4匹は結論付けたよ。
「だけど、動物たちはどうする? 足元を蹴っても光らないみたいだし」
「芯を使えることが地面に潜るためのトリガーなのかもしれんな。だとすれば残念だがここに置いていくしかないだろう」
『まーそーだなー。神とネコ以外で、この先に進んだヤツは見たことねーしなー』
風ネコさまにそう言われ、うな垂れる茶色いマイケルだったけど、
「でもさぁ、死ぬわけじゃないってことが分かっただけでもいいよねぇ」
「そうだ。これがレースというのであれば、ワシらは先を急ぐのみ」
「命を奪い合わなくていいというだけマシだな」
みんなの気遣いが耳に染みる。それでも、
「だけどこの動物たちにも、何か願いがあったんじゃないかって思うと、ちょっと辛いよね」
って、しんみりしちゃうんだ。
「動物の願いか……。言葉が通じん以上、想像するしかないな。何を願うのかは分からんが、せめて零れた想いくらいは持って行ってやろう」
4匹はそれぞれに動物たちを撫で、さようならを告げたよ。
動物たちに願い事を尋ねたらなんて答えるだろう。普段考えもしないことだからなぁ……なんて、のんびりしてしまっていた。
コトリ
と澄んだ音がした。茶色いマイケルはしゃがんで手に取り、
「スズメの……氷像? 上から落ちてきたのかなぁ……」
と、頭の上を見上げた。
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