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予定よりもずっと早く第一ポイントの欠片を見つけた4匹は、拠点とする山小屋に来ていた。
山小屋なんていうけど設備はかなりしっかりしていて、体を横たえるスペースだけじゃなく、キッチンやテーブル、ベッドにお風呂、水洗トイレまでついてるっていうんだからありがたい。
山での災害に備えて造りもしっかりしているし、見た瞬間に安心してぐっすり眠れそうだなっていうのが分かったよ。
この小屋は普段、山の管理をしているネコたちの宿泊所として使われてるんだって。だから倉庫には長期的に保存可能な食料がたくさん保管されているらしい。おかげで茶色マイケルたちの荷物もだいぶ減らして来ることができた。
それなのに。
「まさか食い物が全てダメになっているとは」
設備の確認をしていた虚空のマイケルからとんでもないことを知らされたのはお昼を回った頃だった。
ええっ、と叫ぶ代わりに走って倉庫へ行ってみるとひどい荒れ様。
そこには長期保存可能な食料がたくさん残っているはずだったんだ。だけど大地の神さまの怒りを知った管理ネコさんが慌てていたんだろうね、入り口の鍵が開けっ放しになっていて、そこから動物たちが入り込んじゃったみたい。
なんてことだろう、当てにしていた食べ物の半分をいきなり失っちゃった。
「十分な食料もなしで登頂するわけにはいかんな」
その場で灼熱のマイケルが考え出すと、他の子ネコたちも真剣な表情になった。山登りに必要な教練をみっちり受けたからね、準備不足がどれほど危険かっていうのが分かっていたんだ。
「かといって引き返すこともできないぞ」
虚空のマイケルが言い、茶色いマイケルもうなずいた。
「芯は使えないもんね」
もし引き返すとしたら、神さまたちのいるこのクラウン・マッターホルンから十分に離れたところまで自由落下して、それから芯を使って浮いて戻る必要がある。
だけど山から飛び降りてしばらくすると、大空ネコさまの権能の範囲外になっちゃうんだ。あとはぴゅーんって地上まで真っ逆さまだよ。ザバンと海につっこんで「耳に水が入っちゃったー」なんて笑っていられればいいけど、そうもいかないからね。この高さから海面にぶつかれば、逆にこっちがバシャッと液体になっちゃう。ひぃっ。
「ぎりぎりを狙って芯を使ってみるか?」
「いや、過去の事故のデータをもとに計算させてみたが、どう甘く見積もっても神たちの感知圏内だ。俺たちの命こそ長らえるかもしれんが、その後に待っているのは……」
「大戦、か」
虚空のマイケルは静かにアゴをひいた。”大戦”の意味するところは何度も何度も考えてきた。夢に見ちゃうくらいにさ。その引き金を自分たちに預けられているのかと思うと、肉球を握りしめずにはいられないや。
3匹はうーんと悩んだんだ。
だけど今日は果実の日らしい。
「あふふ。じゃあオイラの出番だね」
って言って、ザックの口を開いて中身を見せてくれた。野草やキノコがみっちり入っている。
「安心していいよぉ。オイラ選択教練で、山の植生や食べられる食材なんかをばっちり勉強して来たからさぁ。追加で採ってきて、そこに持ってきた食材を足せばぁ、色々できると思うんだよねぇ」
***
「これこれぇ。とりあえずこのネコの耳みたいなものが傘についてるキノコを探してぇ。素人でも分かりやすいし生でも食べられるしお腹が膨れるからぁ」
山岳地図で山小屋近くの森に狙いを定めた4匹は、果実のマイケルの指導を受けながら食材集めに励んだよ。食料を確保できるかどうかで神さまたちが大喧嘩をするかどうかが決まっちゃうんだから、それはそれは真剣に……。
「おい果実、そのキノコ本当に食ってもいいものなのか? なにやら偉そうな態度になっとるが。ワシ、嫌だなぁ、お前みたいに偉ぶるの。あと太るの」
「えっ、いや、そんなつもりじゃないんだけどぉ……。って真面目にやってよねぇ。食料集めがどれだけ大事なことなのかぁオマイには分からないかなぁ。あ、その小っちゃい体だと、あんまり立派な脳みそが入らなかったのかぁ。あふふぅ、可哀そう」
「ほうほう、煽るじゃないかこの豚猫は。いやまてよ、豚は雑食だったな。毒でもなんでも平気で食ってしまうんじゃないか? そんなお前に合わせたらワシらみんな痺れてしまうかもしれんな、毒見させようと思っておったのに。まったく、珍しく役に立ったと思っえばこれだ」
「いやいやぁ、オイラは現在進行形で役に立ってるでしょぉ、変な言いがかりつけるのやめて欲しいなぁ。それにオマイの論理展開イビツすぎぃ。途中からオイラただの豚になってるじゃないかぁ。見た目はふっくらしてるけどオイラと豚との生態は別なんだけどぉ。あふふ、やっぱりオマイ脳味噌小さすぎぃなんじゃないのぉ?」
「お、おい、君たち……」
次第に熱の入る2匹の口調に、虚空のマイケルがチラチラと茶色いマイケルを見てくる。まぁそうなるよね、慣れるまではさ。
「気にしなくていいよ虚空。いつもの軽口だからさ」
「しかし、軽口というにはあまりにひどいと思うんだが……」
「そうだね、じゃあいつものヒドめの軽口さ」
「……」
「お前、いい加減にせんとフルボッコネコにするぞ?」
「あーそういう事言っちゃうんだぁ、いいもーん、やってみなよぉ。そしたらオイラ、オマイのご飯にだけ変なキノコとか虫とか入れるからさぁ。明日の昼までぐっすり眠れるようにシビレネコにしてあげるぅ、あふふ」
ほんとにヒドいな。料理するネコのいう事じゃないよね。
まぁ、それでも軽口は軽口だったらしく、果実のマイケルがフルボッコネコになることもなく、無事に採集は終わったんだ。小屋に戻った時はお昼をだいぶ過ぎていたから、4匹ともおなかペコペコだったよ。今なら何食べても美味しいに違いないってくらいにさ。
「とりあえず今日はキノコシチューでいいよね。第2ポイントが終わって小屋を離れるとしばらくは携行食頼りになっちゃうから、温かいものは食べられる時に食べとこぉ」
そうして用意された鍋から溢れる湯気に、声を上げたのはみんなのお腹。早く早く、と獲物を前にしたネコになっちゃう。
ただ、
「どうしたの? 虚空」
「いや、なんでもない」
一匹だけ異様にソワソワしていたんだ。待ち遠しいのとは違って見えるけど……と思っている内に、全員にお皿が回る。具材たっぷりキノコシチューは誰がどう見たっておいしそうで、なんならもう美味しい!
息を吹きかけ少し冷ましてから、はむっと一口。すると超超高高度からの降下や神世界鏡の欠片を預けられたことからくる緊張が身体がからすっと抜け去り、ホッと白い息が出た。同じように息を吐いた2匹と目が合うと、にんまりと笑みが零れてくる。
だけど、二口目を食べようとしたとき、虚空のマイケルがぷるぷると小刻みに震えていることに気付いた。
一番心配したのは果実のマイケルさ。
「えっ、オイラ何か間違えたぁ!? オマイたちは何ともない!?」
自分の作った料理だったからね、子ネコの気持ちを考えると苦しくなってくる。
「いや、ワシはなんともない。茶色はどうだ」
「ボクも平気! っていうか虚空はまだ食べてないんじゃない?」
見ればシチューを湛えたスプーンは動きを止めたままだった。口元にもシチューのついた様子はないし、茶色いマイケルはちょっとばかり困惑したよ。分かりやすい原因だったらよかったのに、ってさ。
「くっ、すまんっ!」
すると虚空のマイケルが急にシチュー皿をテーブルに置いて立ち上がった。それからもう一度「すまんっ」と言って外に飛び出したんだ。
3匹は呆然とするしかなかった。
「……き、キノコが嫌いだったのかな」
「え、それであんな反応するぅ……?」
「ま、まぁ、痺れたわけではなくて良かったではないか」
そうだね、と気を取り直してすぐに後を追ったんだけど、なかなか見つからなかったんだ。それから次第に日も暮れてきて、「第2ポイントの探索は明日だね」なんて言っていた時だ。
「こ、虚空ぅぅぅう!!」
隆起した木の根を枕にするように虚空のマイケルが倒れているのを、3匹は見つけた。
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