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つい、爪が出る。
いくつかの顔が、脳裡をかすめる。
そこへ2匹のマイケルが焦りにも似た表情を向ける。懇願するような視線だったから驚いちゃったけど、おかげで大空ネコさまの突然の提案に飛びつかずに済んだ。
『君たちは欲がないねぇ』
大空ネコさまはしっぽをピロピロ振りながら、寝っ転がって体をうねらせた。
危なかったぁ。
正直に言うと「じゃあどうにか頑張ります」とでも言っておけば、思いがけない収穫に繋がったかもしれないとも思うんだ。今、手の届きそうもない願い事をいくつも抱えているからね。神さまの方から神頼みしてもいいって言うなら、そりゃ飛びつきたくもなるさ。
だけどこの神さまは。
さっきから話を聞いていれば無邪気が過ぎるんだ。口では滅びたくないと言ってるけれど、茶色いマイケルたちほど真剣には考えていないと思う。きっと世界が滅びる寸前でも言うんだろうな。仕方ない、ってさ。
軽々しく約束なんてすると、数時間後には『約束破ったな』なんて言われそうだ。
小さくて愛らしい姿になっているけど、この神さまはついさっき灼熱のマイケルをボロボロネコにしちゃったような神さまなんだから。いきなり『殺せ殺せ』って命令してきたし、そのリストにはなぜか『時の女神さま』も入っていた。怒ってなくても理性的とはとても思えない。少なくとも、ネコたちとは違う感覚で存在してるんだ。落ち着いて考えるとぞっとしちゃうね。
他の子ネコたちも同じように考えていたんだろう、慌てて話を切り替える。
「とはいえ、時の女神さまが何も考えず俺たちを呼び寄せるよう言ったとも思えないんだ」
虚空のマイケルがアゴに拳を当てて言うと、
「ワシも同意見だ。大戦のない未来にいたのがワシらだけとは思えん。だとすれば、他のネコたちの姿があったにもかかわらずワシたちを名指しした理由はなんだ。それはワシらに何かしらの役目があったからではないのか」
灼熱のマイケルが腕を組んで目を閉じる。
「でもぉ、オイラたちを集めたとしてぇ、何ができるんだろぉね」
「神様方の争いを止めるために、4匹の子ネコに出来ること、か」
自然と3匹のマイケルの顔には苦笑いが浮かんだ。話が大きすぎてちっともイメージが湧いてこない。
沈黙に押しつぶされそうになる中、その輪の中央で大空ネコさまは、時ねこさまと遊んでいた。時ネコさまの姿は見えないけれど、たぶん遊んでいるんだと思う。追いかけたり追われたり、噛みつくふりをしたりネコパンチを繰り出したりね。
ミニチュア・クラウン・マッターホルンにいた他のネコさまは動きを止められていたみたいで、ピクリともしなかった。それをガシャガシャと無造作になぎ倒す大空ネコさまの姿がちょっと怖い。
「か、神さまたちを説得しに行くっていうのは、どうかな」
その提案をバカにされなかったのは、重苦しい空気をなんとかしようという気持ちが一致していたからだろう。
「まずそこから考えるべきだろうな。しかし……」
「まぁ、無茶というかぁ無理だよねぇ」
「そうだな。大空ネコさまのお話にすら耳を貸さないというのだから、ちっぽけなネコの話など耳に入りもせんだろう」
「だよね……。じゃあさクラウン・マッターホルンにいない神さまにお願いしに行くのは? 巻き込まれたくないって言うくらいだからさ、みんなできれば止めたいんじゃないかな、喧嘩」
「さっきよりはいくらかマシだけどぉ……」
「向きが変わったというだけで、子ネコが神へ語りかけるという図はそのままだからな。やはり俺たちの話は無視されるだろう」
「それがもし可能だったとしても、神それぞれと接点を持つのにどれだけかかるか分からんぞ。大空の国が特殊なだけで、地上の国々で神と直接対話できるなどという話は聞いたことがないからな」
灼熱のマイケルの意見に対し、「あるにはある」と虚空のマイケルは言った。
「基本的に国家機密だからな。我が国にしても直接対話できると知っているのは限られた一部のネコだけなんだ。しかも対面できるのは父上か俺くらいのもので、君たちがここにいるのも特例中の特例なんだよ」
嬉しい気もするけど、胃の痛い話だね。
「じゃあさぁ、少しやり方を変えて、鏡が直るまでの時間稼ぎをオイラたちがするっていうのはぁ?」
「時間稼ぎ……鬼ごっことか?」
ふざけてたわけじゃないんだけど、茶色いマイケルにはそれしか思い浮かばなかった。
「即潰されるな、それは」
「神を煽るのは無しで頼む」
「じゃあ、かくれんぼ?」
「遊ぶという発想から離れた方がいいぞ、茶色いマイケル」
「ん~、でも目を逸らさせるって発想はアリだよなぁ」
ふと、灼熱のマイケルが、遊んでいる大空ネコさまにこんな質問をした。
「お忙しいところ申し訳ありません、ひとつお伺いしたいことがあるのですが、神世界鏡の修復にはあとどれ程の時が必要なのでしょうか」
そうか、一週間くらいなら頑張ってかくれんぼ出来るけど、一か月は難しいもんね。
『ん? そうだなぁ、大体あと2000年くらいかな』
「ありがとうございます。よし、却下だ。よいな」
「異議なし」
「オイラも」
茶色いマイケルも手を挙げて賛成したよ。大空ネコさまは『ちょっと待っててよ、あと2000年くらい』って大地の神さまに言ったのかな? それなら怒られるのも仕方のない話に思えてきた。
「俺たち4匹だけで、いったい何をどうすればいいのか……」
「神さまたちのぉ戦いを止めるなんて、そもそもネコにできることじゃぁ……」
茶色いマイケルもついついため息をついてしまう。何もしないことが最善なのかな。だけどもし世界が滅ぶようなことになったら……って考えると、誰も「もういいよ」とは言えないんだ。
灼熱のマイケルは本物のクラウン・マッターホルンを見ながら、
「話のスケールが違い過ぎるな。壁は大いに歓迎だが、それにしても限度がある」
と、握りこぶしをつくってクイックイッと小刻みに力を入れたり抜いたりしている。
壁と聞いてカラバさんの顔が浮かんだ。まだそんなに昔の話じゃないんだけどなぁ、と少し懐かしい気持ちになったよ。
あの時、茶色いマイケルは闘って勝とうとしたわけじゃないけど、だからこそ強く壁を感じた。この壁を登るにはどうすればいいんだろうって、絶望的な気分になりながら必死に考えたっけ。
結局、メロウ・ハートを元に戻すための、手掛かりを探す、なんて屁理屈みたいな事しか思いつかなかった。それでも自分に出来ることを探せたっていう、ちょっとした達成感はあったんだけど今回は……。
そんなことを考えていた時だ。
ミニチュア・クラウン・マッターホルンから何かが目に飛び込んできた。
なんだろう。
他の3匹がうんうん唸る中、遊び疲れてだらりとしている大空ネコさまの脇を抜けて、茶色いマイケルはノコギリ山の中に手を差し込んだ。
わっ、冷たい。
まるで本物の山を触っているみたいに冷たくて、それから大地の手触りがした。手を見ても土はついていないんだけどね。
「そうか……探す……探せば」
中央に立ってブツブツ呟く茶色いマイケルに、いつしか他の3匹の視線も集まっていた。大空ネコさまも興味を示したみたいで、
『茶色ちゃん、何か思いついちゃった?』
と身体を半分起こしたよ。
「探すくらいならさ、ボクたちにも出来るんじゃないかな」
指先にちまっと乗っているのは、割れた神世界鏡の欠片。
意図にいち早く気づいたのは果実のマイケルだ。だけど本物のクラウン・マッターホルンをちらっと見て、「いいアイデアだと思うけど……」と言葉を濁してしまった。
「あの山は見た目以上に険しいんだ。毎年何十匹と遭難ネコが出ている。シエル・ネコ・バザール程度の広さであれば、俺たちだけでどうにかなるかもしれんが、さすがにあの巨大な山脈でその小さな欠片を探すとなると……厳しいと言わざるを得ないな」
虚空のマイケルは少し考えてから、はっきりと言葉で否定する。
やっぱり無理かなぁ、と諦めかけた。
だけどそこへ、
「いや、神そのものを相手取るよりは遥かに現実的な話ではないか?」
灼熱のマイケルはミニチュア・クラウン・マッターホルンをしげしげと見ながら言ったよ。眉間にシワの寄った顔からは明るいひらめきみたいなものを感じた。
「広大な山脈であってもおおよその場所さえ絞れれば……」
トン、と背中を押された気がしたんだ。
茶色いマイケルはつい敬語を使うのも忘れて「ねぇ大空ネコさま」と呼びかけていた。
「鏡の欠片の場所ってさ、分からないかな?」
『いいねそれ。場所教えるから持って帰って来てよ』
返事はあっさりしたもので、すぐさま果実のマイケルが食いつく。
「えぇっ、分かっちゃうのぉ? だとしたら話が違ってくるよねぇ!」
「いやいや、待ってくれ。忘れているかもしれんがあの山には今、大地の神さまや他の神さまがいらっしゃって、しかもネコは入山禁止にされて」
『うーん、逆に入ってこないと思ってるかも。空ネコたちの怯えた顔をばっちり見たと思うから、気にも留めないんじゃない?』
虚空のマイケルが口を噤む。
『大地のやつは寝てるだろうし、他の神だってかなり大雑把だし、こっそり欠片を集めるだけなら騒ぎも起きないだろうし』
それに、と大空ネコさまは立ち上がり、
『君たち小っちゃいし、足音も消せるし、バレないって』
ネコだから、と言って伸びをしたよ。
こんなに不安な”ネコだから”を聞いたことがない。だけど目の前の小ぶりな山脈にチラつく鏡の欠片を見ていると、どうしてだろう、こんな時に。
ヒゲがピンピンして仕方ないや!
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