4-19:時

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 大空ネコさまは占拠されたミニチュア・クラウン・マッターホルンに背を向け、3歩進んで伸びをした。

 いや、伸びじゃない。さっきまで他の神ネコさまとそうしていたように、身体を擦りつける挨拶をしているんだ。

 それがどんなネコなのかは分からなかったよ。大空ネコさまたち以上に、全くの透明なんだからね。姿を捉えようと思えば、挨拶によって毛の形を変える大空ネコさまの方を観察するしかなかった。

『時の女神はとても力の弱い神なんだ。時をつかさどる神のくせに、時間を戻したり進めたりは出来ないし、もちろん止めることもできない。出来事をただ眺めているだけの神なんだよ』

 大空ネコさまは姿の見えない時ネコさまに、背中からもたれかかった。

『そんな弱っちい神に僕が縋りついたのは他でもない、この”眺める”権能が目当てだったんだ』

 この先どうなってしまうのか。それをどうしても知りたかったんだって。

 時の女神さまの力は”見るだけ”なんだけれど、それは”今”に限らない。過去でも未来でも眺めることが出来るんだ。

『時の流れはとても繊細でね、些細なきっかけで未来は変わる。変えられる。だから僕は彼女に尋ねた。神たちとの戦いがどうなるのかを』

 だれかの息をのむ声が聞こえた気がしたけれど、それは茶色いマイケル自身の喉からかもしれない。

『だけどここで厄介なことが起きた』

「厄介なこと、ですか」

 堪らず聞き返していたのは灼熱のマイケルだった。

『そうなんだよ。時の女神の答えはなんと「大戦は起こらない」だったんだ』

 一瞬の絶句のあと、ホッとした空気が流れる。

 が、

「それが、どう厄介なのでしょう」

 重苦しい虚空のマイケルの問いかけで、すぐにイヤな空気に変わった。

 大空ネコさまも声を低くする。

『ついさっき言った通り、未来は些細なきっかけで変えられる。この場合、変わってしまうと言った方がいいかな。僕が戦って負けるような未来だったなら、あらゆる手を使ってその未来を変えてやろうと思ってたんだけど、無事に解決するとなると』

 大空ネコ様がごろんと寝返りをうって顔を上げた。

『未来を変えてしまわない努力が必要になるんだ』

 しっぽを傾げた茶色いマイケルは、なるほどと納得しているマイケルを見たよ。

「未来を見たこと自体がぁ、未来を変えるきっかけになっちゃった、ってことですよねぇ?」

『そうそう、そうなんだよ。僕が未来を知ったことで、この先僕の取る行動のどれが未来を変える行動なのかが、逆に分からなくなっちゃったんだ』

 いつも通りと思ってとった行動が、実は無意識に”未来を知ったからとった行動”だった場合、それだけで未来は変わっちゃうらしい。えっ、そんなのどうしようもないよね。

『僕もさぁ、聞かなきゃよかったって思ったんだけど、聞いちゃったものは仕方ないからね、どうするか考えたんだ。だけど、ちっとも思いつかないから時の女神に尋ねてみたら』

 そこで出てきたのが茶色マイケルたちの名前だという。

『戦いの起こらない未来には君たちの姿があったんだって。だとすると君たちが大空の国に来てくれればその未来に一歩近づくってことだよね。だからシエル・ピエタに君たちを連れてくるように言ったんだ。あ、もちろん出来るだけ未来に影響がないように、無理矢理引っ張ってくるようなことはしちゃダメとは言ってあるよ。理由なんかも話してないしね』

 地上から来たマイケルたちの頭の中に浮かんだ顔は、同じだったらしい。

「そりゃあ、あのカラバさんでも勝手なことが出来ないはずだよねぇ」

 大空の国に来る直前、カラバさんは茶色いマイケルたちを「待っていた」と言ったのはこのことだったんだ。だとすると、

「ピッケが長々と待たされた理由はこれか」

 灼熱のマイケルの言う通り、ピッケがお父さんネコへの薬を手に入れられずに一年近くもメロウ・ハートに居続けた理由は、神さまの命令がきっかけだったということだろう。カラバさんがどうして3匹を集めるピースとしてピッケを選んだのかは分からないけどさ。

 ピッケの過ごした一年近くを考えると、モヤモヤしたものが胸に残る。でも文句なんて言えない。コワイから!

「では大空ネコ様、ワシらはこれからいったい何をすれば?」

『いや、何をすればいいのかなんて僕にはわかんないよ』

「「「「ええ!?」」」」

 あっさりと言ってのける大空ネコ様は、ごろんごろんと時ネコ様にじゃれついている。

『だって僕が下手に口を出すと、それだけで未来が変わっちゃうかもしれないでしょ? だから詳しい話は聞かなかったんだ。確かなことは、戦いにならない未来には君たちがいたってこと。ということは君たちが何か頑張ったってことじゃない?』

 灼熱と果実と虚空、3匹のマイケルがそっと顔を下に向けた。

 ……そうなのかなぁ。

『ま、君たちが来たことで、戦いのない未来が決まったかもしれないし、何もしないって選択もありだとは思うよ。僕も余計なことしちゃったって反省してるしね』

 しかし、と口を開いたのは灼熱のマイケルだった。

「ワシらが何もしない選択を取った場合、待っているのは神々の大戦かもしれんと、そういうことですよね」

 神々の大戦。それはネコたちにどう影響するんだろう。

 影響、だけで済むのかな。

『そうだね。君たちにとっては苦難もいいところだと思う。だけどそれもまた流れだとしたら』

 仕方ないよね。

 茶色いマイケルはその言葉を聞いてようやくわかった気がした。神様ってこういうものなんだ、って。

『とはいえ、僕だって滅びたくはないからね。そうだ、うまいこと解決してくれたら何かご褒美をあげる。願い事があったら僕が叶えてあげるよ』

 神の力を使ってね。

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