4-21:教練

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 神造山脈クラウン・マッターホルン。

 ノコギリ形の稜線とクリスタルの輝きをもつ、恐ろしくも雄大な山脈は、標高で言うと1万メートルを底辺にして、そこから聳えている。地上最高峰の山でも1万メートルを下回るっていうんだから、さすが神さまの奇跡だね。

 植生はものすごく豊かで、動物も結構いるみたい。

 シカやカモシカ、ウサギにリスと、大きいのから小さいのまで揃ってる。大型の肉食獣がいないっていうのは安心だ。空ネコたちも、神さまの山ということで、狩りは儀式的にしか行わないらしいよ。普段は鶏や牛を飼って食べてるっていうんだから、空も地上もあんまり変わらないな。

 ただ、地上と大きく違うところが一つ。

 クラウン・マッターホルンで採れるすべての資材が宙に浮く資質を持っているということ。

 樹木・鉱物・土などの空資源は、山から持ち出されるときに特別な調整をされ、空に浮く加護を付与するかどうかを選ばされる。加護を受けたものは空に浮くし、加護を受けなかったものは空に浮かない。空に浮かないものは地上との取引用なんだって。果実のマイケルが手に入れようとしている肥料がこれにあたるね。

 調整は、山の麓に隣合って浮いているクライン・ピエタっていう町で行われるんだけど、入山禁止になってからはその町への立ち入りも禁止されている。あんまり近くにいて、何かの拍子にまた神さまを怒らせると大変だからさ。

 茶色いマイケルたちがクライン・ピエタに連れて来られた時は、さっそく山に忍びこむのかと心臓をバクバクさせたものだけど、それは色々な意味で甘い考えであり、そして安直な考えでもあった。

「登頂には危険が付いて回る。君たちにはまず、どんな危険があるのかを知ってもらい、次にその対処法を学び、それを実践できるだけの訓練を積んでもらう。本来取るべき十分な時間がとれない分、三週間みっちりと叩きこむから、泣き言は言うなよ?」

 4匹のマイケルはこの、山岳特殊ネコ部隊(:通称ヤマネコ)の部隊長ネコであるゴルナーグラード教官ネコによって実践的な教練を受けることになったんだ。

 教練は3種類に分かれていた。

 一つは登頂必須教練で、これは山に登るために4匹ともが取り組むべき内容。

 持久力と筋力を鍛える体力向上訓練にはじまり、装備品脱着訓練やロープ結索訓練なんかの基本を繰り返しつつ、緊急時の対応についても、避難、救護に分けて想定訓練をした。

 中でも芯を使った空中移動訓練には気をつかったなぁ。

 普通ならクラウン・マッターホルンでもシエル・ピエタ周辺と同じように、芯を使った空中移動は可能なんだ。だけど今回は使えない。神さまは神さま同士の気配に敏感らしくって、もし大空の神さまの権能を使って空中を移動したならすぐに、他の神さまに子ネコたちの存在がバレちゃうんだって。

 だから、山で無意識に芯を使ってしまわないためにも、芯を使った動きを体に叩きこんだ。わざと芯を外した動きを出来るようにするためさ。

 そうそう、近くから山を見上げるとよくわかるんだけど、尖った山頂付近は、練乳を垂らしたように雪で覆われている。

 そうなるとザイルやアイスバイルなんかの雪山用の本格的な装備を使いこなす必要があるからね、雪山を想定したトレーニングコースを使って徹底的に訓練したよ。あらゆる事態に対応できるよう、かなり意地悪なこともされた。ただ、ガリガリの氷に近いコースだったけど雪は雪。久々の冷たさにしっぽが喜んじゃうのは止められないや。

 二つ目は選択教練。これは4匹それぞれの得意分野を生かした個別の教練なんだ。といっても実は他のマイケルたちがどんな教練を受けていたのか、茶色いマイケルは聞いていなかった。

茶色いマイケル自身はこれといった特技があるわけじゃないから、体力作りや芯の特訓の時間に当てたよ。

 そして三つ目の教練。

 高度順化訓練と降下着陸訓練。

 超高高度の大気圧に慣れる訓練と、空から落ちて無事に山に降り立つ訓練だ。

 そう、茶色いマイケルたちはこれから、超高高度から飛び降り、パラシュートを使ってクラウン・マッターホルンに忍び込むのさ。

「いいかお前たち、ここは地上5万メートル、あのクラウン・マッターホルンすら眼下に捉える成層圏界面だ」

 ゴルナーグラード教官ネコの芯の通った声が、擾乱じょうらんする大気をものともせず脳に直接響いてくる。

「今からお前たちはここから超超高高度自由落下を行う」

 見渡せば、もはや星の上。落ちてしまいそうな暗闇の中、白い太陽が冗談みたいな眩しさで浮かんでいた。

 地上に目を向けると、クラウン・マッターホルンの全景どころか星の丸さまでが分かってしまう。

 4匹のマイケルとゴルナーグラード教官ネコは、大空の国の技術のすいを集めた装備をまとい、超ネコ気球に乗っていた。

「よく聞け、今日までの訓練はこの日のために行ってきた。しかし、それは任務達成のためだけに行ってきたわけではない」

 えっ。

 教官ネコの言葉で、4匹の間に少なからず動揺が走る。欠片を集めるという任務以外に何かやるべきことがあったかなって思ったんだ。

「お前たちはこれからの任務を見事達成するだろう。そして、大空の国と世界に平穏をもたらすこととなる」

 世界。言葉の重たさに、軽くなったはずの重力が身体にまとわりつく。

「ならばその穏やかな世界で生きていくべきだ。これまでの厳しい訓練はこの日のためだけではない、これからの日々に、猫生の全てに繋げねばならん」

 握った肉球に汗がにじむ。それ以上に拳には力がみなぎった。

「死ぬなとは言わん、生きろ! 生きて明日を足掻くのだ!」

「「「「ニャー!」」」」

 訓練中繰り返してきた返事を最後に4匹は、超ネコ気球に吊るされたバスケットの四方に移動し、半身を乗り出した。芯に力を込めて身体を軽く浮かせる。

「まずは拠点となる小屋に向かい、第1第2ポイントを攻略。その後、第3から第7ポイントまでは登頂しながら順次攻略する」

 虚空のマイケルが目標をセット。

 灼熱、果実、茶色の3匹はアイコンタクトを取り合い、そしてうなずく。

 4匹が躊躇うこともなく身を倒すと、地上への自由落下が始まった。

「さぁ若きヤマネコたちよ、思う存分ネコ力を示してこい!」

 NYA! NYA! NYA!

 ゴルナーグラード教官ネコの声に押されるように加速していく身体。

 今、神々の山に子ネコたちが降り注ぐ。

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