(77)7-11:ネコ救世軍の脅威

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「ネコ……救世軍」

 彼らを間近で見るのは初めてだ。マント、フード、グローブ、ブーツ。全身を白で装(よそお)ったネコたちの軍団。

 遠目には分からなかったけれど、分厚く編み込まれた鎖帷子がかなり目立っている。ヒザまである一枚布の服には鋭い爪とネコ耳マークが描かれていて、その下にゴツゴツした網目が浮いているんだ。フードの下の兜もトゲがあるらしく物々しい。

 そのフードの影になった顔には、他のネコ・グロテスクたちと同じようにひどく暗い目が光っている。頬はこけ、毛は薄くなっていても力でどうにかできる気はしなかった。

 なにより目を引くのは手に構えた拷問具『ネコの爪』だ。

 キャティの言うように、全体的な形だけは厩舎(きゅうしゃ)用のフォークに似ていた。だけどえぐるように反り返った4本の爪先からは「肉を裂かせろぉ」と呪いの声が聞こえるようで目を逸らしたくなる。あんなもの、引っかき傷で済むはずがない。

 そんな物騒な装備のネコたちが超巨大スラブの上に立ち並んでいるんだ。『金属の霧』で一帯が霞む中、1000や2000じゃきかない数のネコたちが肩のぶつかりそうな距離を保って、ピクリとも動かずに茶色いマイケルたちを待ち構えていた。

「下に、いたのに」

 ネコ救世軍はこの超巨大スラブに乗ってやってきた。

 土煙をあげながら大地に衝突したあとは、地上に降りてネコ・グロテスクたちと合流したはずだ。ついさっきまではサビネコ兄弟がここにいたし、これだけの数のネコ、いつの間に登ってきたっていうんだろう。

 超巨大スラブの頂上にたどり着けたなら大丈夫、神殺しの戦場からは抜け出せる、そしたらあとはゴールを目指すだけ。そう思っていたのにこれじゃあ……。

 茶色いマイケルは頭を振った。

 背筋を伸ばし、目頭に力を込めて黒い靄の流れを追っていく。

 靄はネコ救世軍たちの頭の上を細長い蛇みたいにうねりながら明るい方へと伸びていた。あそこだ。出口があるとすればおそらくあそこ、右斜め前の明るい霧の向こう側。あそこが出口に違いない。と、その場所に視線を向けた。

「「「ふしゅぅぅぅぅ……」」」

 壁のように並んだ群ネコたちが一斉に冷たい息を吐いて凶悪な武器を斜めに構えた。かたく凍った雪がどっと雪崩れ込んでくる光景が目に浮かぶ。その直前の景色を見せられているようだ。

 耳の先がキンと冷たくなったよ。今にも飲み込まれてしまいそうで固い唾を飲み込んだ。立っているだけで押し潰されそうな圧力なんだ、すぐにでも動かないと。けれどどうやって抜けたらいいんだろう。肉球がじゅっくりと湿ってくる。

 ぽん、と肩を叩かれた。

「そう身構えなくてもぉいいんじゃなぁい?」

 果実のマイケルだ。茶色いマイケルの隣に並んで立ち、肩掛けカバンのひもをかけ直している。表情に無理は見えないし、とってもリラックスしているみたいだ。

「あの向こうに行きさえすればいいんでしょう? 簡単だよぉ」

「簡単? でもあんなに」

「あふふ、頭固くなってるなぁ。わざわざ道を作る必要はないんだってばぁ。オイラたちはここから立ち去りたいだけなんだからぁ」

 猫差し指を立てて斜め上をさす。飛んでいけばいいってことかな。

「芯? だけど飛んだらまた『あくび光線』で狙われちゃうよ」

「へーきへーきぃ。ここはもうメガロ・カットスの頭よりも上だからねぇ。そうそう射線は通らないってぇ。要は『あくび光線』に当たらないくらいの高さで飛んでいけばいいだけでしょぉ」

 そうだ、という声は後ろからだった。カツカツと靴音を立てて歩み出る子ネコ、虚空のマイケルは、サッと首元に手をやり片手でネクタイを緩めた。

「まずは俺たちが最前列を切り開く。いきなり飛びつかれたらマズいからな。茶色たちはいけると思ったらすぐに神様方とともに出発してくれ」

 隣では灼熱のマイケルが右肩をぐりんぐりんと豪快に回していて、その風で炎のような赤毛がぶわっと膨らんだ。

「いいか、高すぎず低すぎず、あの武器に当たらんところで飛ぶんだ。とにかく神らを通すのだ。それだけを考えていればいい。そうすれば抜けたも同然よ」

 2匹は茶色と果実の肩に拳をぶつけると神ネコさまたちを振り返り、うなずきをひとつ送って駆け出した。

「さぁいけ! 一気に飛び越えるぞ!」

「おおおおお!」

 それが合図だったのか、じっと堪えるように待っていたネコ救世軍の中から、一斉にうらみの声が吐き出された。

***

 問題なく飛び立つことのできたネコの群れは、届きもしない拷問具で宙を突く狂信者ネコたちの上を悠々と飛んでいた。

 もどかしそうに唸りながら『ネコの爪』を振り回すネコ救世軍。数千という数は恐ろしいけれど安全な距離とわかっていれば適度な緊張感があって、いっそ飛ぶことに集中できるね。

 金属の霧で見えづらいけれど、出口までは約半分。あと100メートル前後といったところだろう。そう、ちょうどそのくらいの位置に来た時だった。

『いたっ。なにこれ』

 喧騒の中に淡雪ネコさまの声が混じったんだ。低い唸り声の中では聞き分けやすい冷やかな声。ただ、のんきな声じゃない。続けざまに、

『きゃっ、なに』

『『みゃー! かまれたー』』

『なんだァ!? 痛っ!?』

 神ネコさまたちに動揺が広がっていく。何ごとかと近寄って、目を凝らしてみればメカネコだ。メタル・カットスよりもだいぶ小さい、指先ほどのメカネコが神ネコさまのしっぽや手足に噛みついていたんだ。声は一気に叫び声へと変わった。

『ニャァァァー! コレも“削って”きやがる! やべーぞー』

『くぁっ! またっ!』

『下よ! あいつらが投げてきてる!』

 風ネコさまが空中で転げ回るその隣で、2匹のチーターは眼下に牙を剥いた。ネコ救世軍のネコたちが白い服の下に手を差しこみ、何かを取り出したそばから神ネコさまに向かって放り投げていたんだ。次々と。それこそが極小の『ミニメカネコ』だった。

 一面の白い服。そのネコたちのから黒い点が投擲されるさまは、大量のノミがぴょんぴょん跳ねて飛んでくるようだった。煩わしさと痒みとが頭によぎってゾワッと毛が膨らんだ。

 けれど雪崩ネコさまは冷静で、俊敏だった。

『ハンッ! タネが割れりゃあなんてことねぇ! 避けりゃあいいんだ避けりゃあな』

 白いジャガーは身体をしなやかにくねらせ、樹上を飛び跳ねる動きで投擲される『ミニメカネコ』たちを避けはじめた。それはもう流れるような動きで茶色いマイケルは興奮したよ。コドコドたちも鼻息を荒くして『『雪崩ちゃんカッコイイ!』』とあとに続く。

『よっし! 下のネコの動きに気ぃつけて急ぐぞォ! あと少しなん――』

 その時。音の圧力に下から押し上げられる。

 ニャオーン ニャオーン ニャオーン

 ニャオーン ニャオーン ニャオーン

 ニャオーン ニャオーン ニャオーン

 一帯が、ネコ救世軍たちの異様に太い声で飽和する。

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