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『先の障害物は私たちに任せてほしい』
『殿(しんがり)には樹木さんがいるから安心して進んで』
海のように広がるメタル・カットスの群れ。
超巨大スラブへの道は海を割って作られた。その道にタタっと駆け出したのは2匹のチーターだ。『泡ネコさま』と『月明りネコさま』は風をつき破る勢いで先行し、邪魔になりそうなメカネコたちを次から次へと取り除く。噛みつきかかり、頭を振り回して放り投げ、それを何度も繰り返しものすごい速さで進んでいった。
後に続いたのはコドコドたちで、
『みゃー! つららだぞー! おりゃおりゃー』
『みゃー! みぞれもおりゃるりゃー!』
と、十も二十もいっぺんにメカネコを弾き飛ばせそうなほど、両手足をブンブン振り回して暴れていた。とはいえ道はもうキレイなんだ。ひたすら癇癪(かんしゃく)を起こしているようにしか見えない。ただその勢いを気に入ったのか、
『よっしゃチビどもに続くぞオラァ! 気合い入れろよなァ!』
雪崩ネコさまが半身で振り返ってみんなを励ました。
身体の小さな神ネコさまたちがあとに続く。そのあとを灼熱のマイケルが、オセロットを背負った茶色いマイケルが、さらにクロヒョウたちが走っていく。果実と虚空は最後尾の『樹木ネコさま』の前にいるはずだ。
弱ったネコさまを背中に乗せて、ネコたちの群れはぐんぐんぐんぐん加速する。
「さあ行け!」
「よし確保した、進め!」
「あと一息だ!」
「負けるんじゃないぞ!」
道の両側からは護衛の成ネコたちの声援が飛んでくる。波のように寄せてくるメカネコたちを押し返し、道幅を保ってくれているんだ。マイケルたちが通り過ぎたのを見るとすぐにその場を離れ、先回りしてまた道幅を確保する。そんなリレーを繰り返していた。
戦いだ。少ない匹数でかなりきついはず。何百とメカネコを放り投げた手はぶるぶる震え、歯を食いしばらなければ持ち上げることも出来ないかもしれない。それでも声掛けが止むことはなかったよ。彼らも見ているからだ。あの、大きな後ろ姿を。
『こっちよ。こっちに進むの』
声は聞こえない。代わりに彼女のしっぽと前足が海原をじゃぶじゃぶ掻き分けて、数え切れない量のメタル・カットスが飛沫(しぶき)として舞い上がる。
雄大な雲のウンピョウの足元に通った一本道。
まっすぐな力づよさが、ネコにも神にも勇気をくれた。
子ネコたちの群は一直線に突き進む。
***
超巨大スラブの異様が間近に迫り道の終わりが見えた頃、右側でざわめきが起きた。立ち並ぶ護衛ネコたちの頭の向こう、銀色で目のチカチカする海原の、その奥のほうがなんだか騒がしい。
「あの煙の辺りからか」
「あれってたしか……」
灼熱のマイケルの指さすほうを見れば、太い黒煙がいくつも上がっている。
すると、右側にいた護衛ネコの1匹が「ははは! さすがだ!」と声に活力を湧かせて笑いだした。黒煙をあげる一角に向かって目を細めると、身体に炎をまとった『ネコミイラ』が『ネコゾンビ』に抱きついていたんだ。
1匹だけじゃない。
まともに動けないはずの『キティ・コフィン』が立ち上がり、さらにギロチン台の外れた『ネコ・ギロチン』が、お腹の上の箱を外した『ラット・キャット』が、『ブレイキン・ホイール・キャット』が、『ピロリード・キャット』が、『アイヨロスのネコ』も『ネコゾンビ』たちさえも――他にもたくさんのネコ・グロテスクたちが身を焦がしながらも仲間ネコに抱きついていた。
「これが『芯の共鳴』というわけか」
子ネコがひげを弾ませて笑う。その言葉でピンときた。
「あてられたのだろうな」
足止めだ。たくさんのネコ・グロテスクが子ネコたちのために足止めをしてくれていた。
「すごいや」
まるであの劇みたいじゃないかと思う。厄災さえも味方にして、怨みを空高くへと昇らせる。わっと毛が立った。ネコソルジャー・デスを味方にしたサビネコ兄弟にも驚いたけれど、それとはまた違う種類の、心の奥が歌いだしそうな優しさに、ジワッと瞳が潤んだよ。
「ハ、ハチミツさんとコハクさん、大丈夫かな?」
声が震えないよう口元を引き締めて尋ねた。サビネコ兄弟がいるのは煙の向こうだろう。
「なに、心配してやるな。あやつらも成ネコなのだからな、自分の身くらい自分で守れる。むしろ子ネコに心配される方が情けないと感じるだろうて」
初老のネコかな。
「上から手を振るくらいはいいよね?」
「ああ、その余裕があればな」
言い終わると同時、2匹は大きく息を吸い込み、
「行くぞっ!」
「んっ!」
ぐっ、と芯に力を込め垂直に飛び上がった。
2匹だけじゃない。神ネコさまも護衛ネコたちもみんな一斉に飛び立った。そう、ネコたちはとうとう超巨大スラブの足元にまで来ていたんだ。あとはここを登り、大岩を超えてしまえば神ネコさまたちはゆっくり休める。そこへ――
光の一斉掃射。
「ヤツらっ、いつの間に」
狙いすましたように『あくび光線』が放たれた。さっきまでよそを向いていた巨大メカネコ『メガロ・カットス』たちが、示し合わせたように子ネコたちに向けて口を開けていたんだ。
『逃しゃあしないよぉっ! アンタらぁ養分なのさぁあ!!』
光の中、キャティの嗤い声がこだまする。
――これ、この光、熱がっ。
何もかもが薄らいでいく。『あくび光線』だけじゃなく『熱光線』まで混ざってるなんて……。分かってはいたんだ。メタル・カットスを盾にできないこの場所こそが一番危ないポイントだっていうのは。だからギリギリまで超巨大スラブに近寄り、見つからないよう一気に飛び上がったつもりだったんだけど。
茶色いマイケルはぐっと歯を噛みしめた。
けれど光は、群れの誰一匹として害することなく氷の花火みたいにパアッと散ってしまった。
『ぬぁっ、なんだってぇ!?』
『金属の霧』に降りかかる光の粒子が、強い光を放って冷たく弾けていく。目がくらみ頭がフラっとしかけたけれど、
『『『―――――――――――――!!』』』
神ネコさまたちの咆哮があとを押す。背中を押す。芯に込める力をくれる。ああそうか。やっぱりあなたがみんなを。子ネコは歯を食いしばり、これでもかと芯に力を込めて上を目指した。
『『『―――――――――――――!!』』』
雄叫びに押し上げられる茶色いマイケルが、
「進んで! 前へ!!」
止まりかけた神ネコさまたちの背中をさらに押し上げる。行け。のぼれ。頼む。任せた。役目を終えた護衛ネコたちの声もする。力が、とめどなく湧いてくるのを感じていた。
たくさんの声に押し上げられた子ネコたちの群れはついに、
「やっと――」
たどり着いたんだ。何千と待ち受けたネコ救世軍の群れの中に。
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