(40)6-10:グロテスク・カーニバル

***

 大通りに降ってきて、地面にドスドスドスと突き立ったのは、無数の『棺』。

 外装は金色を基調とした豪華なもので、”胸の前で手を組んだネコ”を模して作られている。その棺が、木の擦れる嫌な音を立てて、ゆっくりと開いていった。中に入っていたのは、ネコだ。乾いた色の包帯でぐるぐる巻きにされていて、棺の外装と同じように胸の前で手を組んでいる。顔は見えているけれど、油にでも浸されていたのか毛がべったりとしていた。

「あれはねぇ、『ネコミイラ』だよ」

 そう言ってキャティは、茶色いマイケルたちに路地の隅に寄るよう手で示した。ちょうど『ナカミウリ』の子ネコがしゃがんでいたあたりだ。子ネコたちはさっとそちらに動き、火傷しそうなほど熱くなっている石垣に身体を沿わせて息をひそめた。

「動きだすぞ……」

 ネコミイラと呼ばれたものが、地面に突き立った棺からゆっくりと背をおこす。縁を握って身体を支えると、じわりと一歩外に出た。

「あ、あれ全部出てくるの……!?」

 見えているだけでも数十はある。今も散発的にドスドスドスと降り注ぐ音がしているから、合わせれば100や200じゃ済まないだろう。それらが「ハァァ……」と生温そうな息を吐きながら、地面の感触を味わうように、一歩、また一歩と、足を踏み出して歩いて行く。

「あれが『ナカミウリ』並みの膂力だとすれば、事だな」 

 声をひそめて虚空のマイケルが苦い顔をした。

「ヤツらが襲うのは動くネコだけさ。目立たないよう気をつけるんだね」

「たしかネコミイラというのはかつての埋葬方法だったと記憶しているが」

「おや、虚空の坊や。よくお勉強をしているじゃないか。そう、遠い遠い昔に砂漠の国で誰かがはじめた埋葬方法さ。アレはねぇ、死体の中身を掻きだして、腐るよりも早く乾燥させたものだよ」

 死んだネコは全てお墓に埋められる。そうとばかり思っていた茶色いマイケルの頭の中は、すでにぐちゃぐちゃだ。中身を掻きだす? 想像が追いつかない。

「そ、それって、何のためだろう」

 虚空のマイケルは子ネコの肩に手を置いて、口元をたわめてみせる。

「安心しろ茶色、ネコミイラとは単なる風習の一つだ。亡くなったネコの死体を大事に保管しておけば、いずれそこに魂が戻って復活してくれるという、いわば願いを込めた埋葬方法だ。風土的なものであって決して猟奇的な意図で作られたわけではない」

「ヒッヒ。まぁ元々はそうだねぇ。だけど知ってるかい? アレにはたっぷりと松ヤニが塗られていてね、かつては燃料として取引されていたってことを」

「しっ、死体を!?」

「そうさ。燃料だけじゃない。永遠の命を夢見るバカネコどもには薬として重宝されたし、政治的な権威を示すものとしても使われた。そうして”使うもの”から”保持するもの”にまで価値が高まると、興味本位で見たがるネコどもがいるからねぇ、さらし者にされて見物料をせしめる道具になってったってわけさ。ヒッヒ、これじゃあ価値が高まったのか低くなったのかどうかわかりゃしない。少なくとも魂の価値は……おっと、他にも出て来たようだよ」

「なっ……」

「ひぃぃ……」

 小さく悲鳴を上げる子ネコたちの視線の先に表れたのは、黒い外套で全身を覆った怪しいネコたちの姿。そしてそれらに担ぎ上げられている、奇妙な道具を身にまとった生気のないネコたちだった。げっそりと痩せ細り、大掛かりな道具を身体に……いや、と茶色いマイケルの目が開く。

「気付いたかい。ヒッヒッヒ。あれは『トルドラード・ミーオ』、拷問具をつけられたネコたちさ。『魔ネコ裁判』で有罪にされたネコたちで……」

 キャティが嬉々として語ったのは、目についた何匹かのトルドラード・ミーオについてだった。

 身体のサイズぴったりの、鋼鉄の全身拘束具に囚われた『キティ・コフィン』。鋭い刃で首を切り落とされる『ネコ・ギロチン』。『ラット・キャット』はお腹に透明な箱が置かれていてそこから血が噴き出している。中にはネズミがいるらしい。『ブレイキング・ホイール・キャット』は大きな車輪に括りつけられて『黒外套』たちから棒で叩かれているネコで、『ピロリード・キャット』は首と両手を板にはめられて、晒されているネコだ。

 心臓が、釘でも叩くように、ばくばくと鳴っていた。そこへ、

『ニ゛ャアアアア!!』

 と、けたたましく叫びながらネコが走ってきて茶色いマイケルは肩を弾き上げたよ。そのネコは手足を残したすべてに金属を被せられ、何かを求めるように手をばたばたさせながら走っている。

「おやまた活きのいいのが走って来たね。あれは『アイヨロスのネコ』。あの金属には発熱装置がついていてね、徐々に徐々に熱くなり、自分の身の焦げる臭いを嗅ぎながら、ああして逃げ場のない闇の中を絶命するまで走り回るってわけさ」

 そうして聞いた『ニ゛ャアアアア』という叫び声にはさっきまでとは違う生々しい痛みが満ち満ちていて、耳の奥から震えた。

「分かるかい? ネコミイラは死んだあとでその身体を好き勝手に使われて、トルドラード・ミーオは死を強要されている。とくれば次は……ほら、出て来たよ」

 次は地面だ。

 ネコミイラの出て来た棺がぐいぐいと地面に埋もれていき、その辺りがぼこぼこと波打ったかと思えば、手が出てきた。ネコの手だ。ネコの手ではあるんだけど、毛は抜けていてほとんど残っていない。肌にしても、じっくりと煮込んだお肉みたいにほろりと崩れて、骨が見えている。

 その手がずぼずぼずぼずぼあっちこっちから生えてきて、のっそりと起き上がるように頭を出し、気づけば降り注いだ棺の数だけ、ネコたちが大通りに立って「オオオ……」と低い声で呻っていた。

「『ネコゾンビ』。腐ったネコの死体だよ。アレらはねぇ、”作られる”んだ。目当てのネコに『ネコゾンピ・パウダー』って粉をふりかける。すると自発的意識のない仮死状態のネコが出来るからそいつを土に埋め、やがて本当に死体となって腐り出したところに、何度も何度も語り掛けるんだとさ」

 それは、ネコミイラのように復活を願われてのことだろうか、なんて考えるまでもないことだった。

「ヒッヒ。もちろん鎮魂が目的ってわけじゃないよ。アレらはね、農園でこき使われるんだ。永久に、奴隷として、魂のすり潰れるまで働かされる。そのために作られるんだよ。魂を壺に閉じ込めてねぇ」

 はたらけぇ。はたらけぇ。

 そう語り掛けるおぞましいネコの姿が脳裡に浮かんだ。

 やがて、大通りがネコたちの声で溢れかえった。

 ただしそれは、オープンテラスで食事をとっていた時のような、穏やかで温かい喧騒とは似ても似つかない、心の引きつるような悲鳴の集まりだった。腹を裂かれ首を切られ手足をちぎられ炙り焼きにされているのだから当然だろう。

 なのに、なぜだろうか、そんなトルトラード・ミーオたちの悲痛な叫び声が、ネコミイラたちの吐息が、ネコゾンビたちの呻き声が、どうしようもなく、はしゃいでいるように聞こえてくるんだ。いや、実際にはしゃいでいるのかもしれない。見ればどのネコも笑っているんだから。拷問を受け続けているネコたちの顔までも歪み過ぎて笑顔に見えてしまう。

 いったい何を、そんなに楽しみにしているんだろう。

 いつしか大通りを埋め尽くしていた『ネコ・グロテスク』たち。それぞれの速さでじっくりじっくりと歩みを進める様子、そしてその賑わい。

 たった25メートルほど先に広がっているその光景は、まさに異形のカーニバル。

 お祭りだ。

***

 茶色いマイケルは、焦点の合わない目で、その行進を眺めていたよ。

「このネコたちは……こんなのって、おかしいよ、ね? おかしい事だよね? だって、どうしてこんなことを……いったい誰が……」

 ふるふると小刻みに顔を振る。するとキャティがそっと顔を近づけてきて囁きかける。

「ああそうさ、そうだとも茶色の坊や。これはおかしなことだ。今のアンタの頭ん中で根っこを張っている常識からすれば、とても信じられることじゃない」

 でもねぇ、と。その声には笑みが混じっている。

「これ、ぜぇんぶが、ネコの所業なんだよぉ。ネコがネコに対してやってきたことなのさぁ。まったく、アレらの見た目なんかよりもよっぽどグロテスクじゃあないか、その行いこそが。こいつらは一体どう思っているんだろうねぇ。誰かの好きなように変えられて、使われて、使われるために作られてぇ。アタシが思うに……いやいやいやぁ、さっきも言ったようにさぁ、それは自分で確かめなけりゃ意味がない。坊やたち自身であれらに触れて、”芯をとって”、”解って”やりなぁ。そしたら色々と見えていなかったものが見えてくるからさぁ」

 さ、どうする?

 キャティはそう言って茶色いマイケルの背中をポン、と押した。

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