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ニャオーン ニャオーン ニャオーン
ニャオーン ニャオーン ニャオーン
ニャオーン ニャオーン ニャオーン
『なん、だこりゃ……』
出口をめざして宙を駆ける子ネコたちに向けられた『ニャオーン大合唱』。
眼下に群がる数千匹のネコたちの野太い声は、開けた場所でもお構いなしに飽和して響いた。いつもは威勢のいい雪崩ネコさまの声も、この圧倒的な匹数の前にはか細く聞こえて――
――いや違う。
『く……あ……』
『みゃ……うぅん……』
『にゃあ……』
神ネコさまたちは苦しんでいるんだ。うしろを走っていたクロヒョウたちや気絶しているジャガーネコ、そして茶色いマイケルの背負っているオセロットまでもが身体を強張らせている。唸り声がひどく弱々しい。
「あの声だ! あの声を止めないと!」
だけど見渡せば、
ニャオーン ニャオーン ニャオーン
ニャオーン ニャオーン ニャオーン
ニャオーン ニャオーン ニャオーン
狂信者ネコたちは裂けてしまいそうなほど口を縦に開け、お腹の底から低い声を出し続けている。そんなネコたちが白い絨毯のように敷き詰められていて、こんなのどこからどう手をつけていけばいいのか分からない。片っ端から放り投げたとして一体どれだけ時間がかかるんだろう。
ある光景が浮かんだ。
「そ、そうだ! どこかにリーダーネコがいるかも」
前に見かけたときネコ・グロテスクたちに向けて大きな声を放っていたネコがいたはずだ。あのネコをどうにかできれば。
「だがどれだ!? 全部同じにしか見えんぞ、目がチカチカする」
灼熱のマイケルがもどかしそうに目をこする。果実のマイケルと虚空のマイケルは神ネコさまに噛みつくミニメカネコを放り投げながら、その衰弱する身体を片手でさする。
「それより神ネコさまたちを少しでも先に連れてったほうがいいんじゃなぁい!?」
「いや動きがかたい。恐らくあの声に縛られているのだろう。呪いか何かの類か、身体も重くなっている。まずはあの中からリーダーネコを見つけ――」
こちらを見上げる幾千の狂信者ネコたち。瞳孔は“猫目”になっていて、白目に縦線一本の凶悪顔だ。そんな顔がずらりと並んでいるから一匹一匹探していくと気をやってしまいそうになる。
だけど、
――いたぞ。
虚空のマイケルが声を一段低くする。
「1匹だけわずかに構えの違うネコがいる。武器も持っていない。あれだ」
その視線を追ってみれば確かにいた。どこがどうとまでハッキリ言葉にできないけれど、そのネコだけは周りからぼんやりと浮き上がって見えたんだ。存在感が明らかに違っていた。いっそ光って見える。ただ、
ニャオーン ニャオーン ニャオーン
ニャオーン ニャオーン ニャオーン
ニャオーン ニャオーン ニャオーン
その周りをいかにも屈強そうなネコが二重三重に取り囲んでいて、一筋縄ではいきそうもない。それに、
『うぅ……』
『『みゃぅぅ……』』
『ちっ……ふがいねぇ……』
神ネコさまたちの衰弱が異常に速い。一刻をあらそう状況だ。
「二手に別れよう!」
虚空のマイケルが即断する。けれど、即座に灼熱が言った。
「いかん! それでは手が足りなくなるぞ。先にある程度このノミのようなメカネコをとってしまわねば!」
茶色と果実は神ネコさまたちに噛みつくミニメカネコをつまみとる。
「だめだ茶色ぉ! 近くに投げるとすぐに投げ返される、遠くまで投げなきゃ!」
「でもそうしてるうちにまたどんどん投げて来られて……痛っ! しっぽ噛まれた!」
『ネコさん、まず全員で風さまを動けるようにして下さい。動ける神を少しずつ増やしていくのが先決です』
『そんなんしてるうちにオメーら弱っちまうだろーがよー。だったらまず雪崩あたりを助けて』
『いや、ちいせぇフォルムの方が立ち回りやすいだろォ。頼むぜ、風のオジキよぉ……』
『オジキってゆーのやめろー』
『『おじきよー……』』
『ムリしてしゃべんじゃねー』
茶色いマイケルたちは吹雪ネコさまや雪崩ネコさまの言うとおり、まず風ネコさまのミニメカネコを取り除くことにした。それで救出が速くなるかと思ったんだけど、
『『『………』』』
わずかな間に他の神ネコさまたちがもう口を開くのもきつそうになっている。これじゃあリーダーネコをどうにかする時間なんてとれないよ。そこへ、
ニャオーン ニャオーン ニャオーン
ニャオーン ニャオーン ニャオーン
ニャオーン ニャオーン ニャオーン
一層声が大きく響きだした。
「あぁもう! 焦りで手が震えてくるんですけどぉ!」
『いっぺん落ちつけー』
「深呼吸しよう果実、ボクも焦ってきたから交代でさ」
そうだねぇ、と果実のマイケルが大きく息を吸い込んだ時だ。うしろから、
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
雷鳴が周りの音を飲み込んだ。いっそ無音になったのかと思うくらい激しい音。しかも立て続けに降り注ぐ。
直後、巨大な揺らぎを感じたよ。
連続する轟音を受けて、その存在がどんどん遠く離れていくような感覚。もうやめて、もうやめて、と子ネコの心臓が早鐘をうつんだけど雷撃はさらに早い。しかもどんどん強くなっている。果実のマイケルと同じように、茶色いマイケルの手もガタガタと震えてきた。
リーディアさん……!
蠢くネコ救世軍。轟く雷鳴。揺らぐ優しい雲。呪いの声に縛られて、神さまたちは存在を削られ続けている。子ネコたちは焦りに絡め取られてしまい、手を震わせるばかりでまともに動けていない。
なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ。
あちこちから怒鳴りつけられているようで情けなくなり、目の端に涙が溜まっていく。それはやがて頬の毛にじわりと染み込んで――
――プシュシュシュシュッ
何かが耳に飛び込んできた。
静かな息遣いだろうか。だけどネコのものじゃない。小さく蒸気を吐いているような、規則正しい音の連なり。さらに、
ピー ガー
この騒ぎの中、聞こえるはずのない小さな音がした。それはどの音よりも異質で、機械的で、茶色いマイケルの耳はどうしようもなくそれを拾ってしまう。
そして、
『空気圧縮プロセス……完了。ネコ・サーチ・スキャン……完了。群体名『ネコ救世軍』確認。数……6822。殲滅シミュレーション……完了』
聞き覚えのある無機質な女性ネコの声が告げる。
『大規模殲滅用特別兵装『ネコ牛刀』展開します』
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