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『なんだなんだー? 権能使ってねーかー? 大空のヤツらー』
茶色いマイケルのフードの中、さっきまでじっとしていた風ネコさまがひょいと顔を出す。爆発した巨大メカネコを見ると、不眠不休で働いたネコみたいにバタッと真横に倒れ込むところだった。
「あれって大空ネコさまの力なの?」
『んー、にしては弱いんだよなー。あいつがフツーに力使えばどんなに抑えててもこの辺までは巻き込むだろーし。あっ、今度は“流れ”の権能ー。あっちは“大気圧”のじゃねーかー』
さらに、
「むっ、あの柱は……!」
それはクラウン・マッターホルンで何度となく茶色いマイケルたちに降り注いだ光の柱。一度放たれれば2万度以上の高温で辺りを焦がす恐ろしい力だ。
『『雷雲ヤダー!!』』
巨大メカネコに降り注いだ『雷撃』は、轟音で空を裂いた。ただし思わず身震いしたのは音が怖かったからじゃない。
牙を剥く、白いネコさまたちが恐ろしかったんだ。
『『くるなくるなー!!』』
メカネコたちをやたらめったらぶっ飛ばしながらあかんべーをしているコドコドたちは可愛いもの。
だけど、雪崩ネコさまをはじめ、お澄ましぎみの淡雪ネコさま、控えめな吹雪ネコさまや、おっとりと優しそうな冷気ネコさままでもが、敵意をむき出しにしてうなっていたんだ。
ぐるるるるる……
静かに鳴る喉の音。骨が凍ってしまいそう。
そんな中、不安げに立ち上がったのは雪雲ネコさまだった。気づいた吹雪ネコさまがそっと寄り添い、
『大丈夫よ。また風さまに守ってもらえるからね』
と声をかける。小さな神ネコさまは身体を預けてコクリとうなづいた。風ネコさまは『めんどくせーなー』なんて言っているけれど、やだよとは言わないらしい。
何かあったのかな。
ただ意地悪されただけでここまで嫌うものだろうかと不思議に思う。もしかすると何かもっとひどいことを……と考えていたところで「あれは!」と声をあげたのは虚空のマイケルだ。
「わかったぞ、あの力の出どころはマタゴンズだ!」
ええっ!?
だけど耳をピンと立てれば確かに聞こえてくる、あの、喉の奥から血を吐きそうな甲高い奇声が。それに合わせて派手な爆発が繰り返されていた。どういうことかは『なるほどなー』と茶色いマイケルの頭に登った風ネコさまが話してくれた。
『ネコに力を使わせてんだろー。神は権能使うと怒られるからよー、いっぺんネコに貸してから、ぶっ放させてんだなー』
クラウン・マッターホルンで借りた『風の四足獣』を思い出す。
「えぇっ、それってアリぃなのぉ? 出来るんだったらオイラも風ネコさまの力使ってこう、バーン! ってやってみたいなぁ!」
勢いよく拳を突き出してみせる果実のマイケル。だけど、
『んにゃー、よっぽど力の制御ができる神かー、よわっよわの細神の権能じゃねーとムリだろー。オレの力なんて身体に入れたらバーンってなるのはネコのほーだぞー』
なぜか茶色いマイケルがバーンとしっぽで頬を叩かれた。怯える果実のマイケルをよそに『でもなー、大空にはできねーよなー』と風ネコさまは頭を傾げている。たしかに虚空宮殿で初めて会ったときは意識すら制御出来ない様子だったからね、細かに力を使えるとはとても思えない。
そこでふと頭をよぎった考えがある。
「あれ? マタゴンズたちが来てるってことはさ」
閃きは一瞬でみんなの瞳を輝かせたよ。
そして、まるでその言葉が合図だったみたいに、
「よぉしいいぞぉ! お前らは戦わなくていい! 俺らと踊ってりゃいいんだ!」
「うんうん、うまいうまい! 周りのことなんて気にせずとにかく楽しんで!」
待っていた声が聞こえてきたんだ。どこにいるのかは分からない。ただすごく楽しそうだというのは声から伝わってくるよ。踊りを教えているらしいけどこんなところで誰にレッスンを……と探してみると、
一帯に広がる小メカネコの海の中、あのキャティに『史上最悪の殺猫兵器』と言わせた兵器たちが、太いミミズみたいな六本の『ネコ鞭』を振り回して、踊っていた。
ネ、ネコソルジャー・デス!?
300体はいる。
ネコソルジャー・デスたちはぐねぐねと踊りながら、そこら中にいるメカネコたちを、水遊びでもするようにバシャンバシャンと弾いていた。ネコ・グロテスクたちの注意もそっちに惹きつけられている。
表情なんて無いよ。それでも楽しそうに見えるのは教えているサビネコ兄弟たちが楽しそうだからかな。
『おっ! 見たか茶色いの! あれオレっちの大将の権能! すごいやろ! すっごいやろ!?』
「えっ、ごめん見てなか」
『って、みとらんのかーい!』
割って入った声はジャガーネコだった。大げさに残念がっているのは興奮しているからだろう。それも仕方ない。正面では、でっかい両手で水をすくったようにごっぽりと、大量の小メカネコが宙に持ち上げられていたんだ。
「大将ってことはアレ、雲の神さまの力なの?」
『そーたぜー。オレっちみたいな細神中の細神に声をかけてくだすった大将の切符の良さ! 権能に現れてんだろ?』
「そっか、でも使ってるのってマタゴンズなんでしょ?」
なんだか冷めた言い方になってしまった。するとすかさず横から果実のマイケルが口を出す。
「あふふ茶色ウケるんですけどぉ。でもわかるわかるぅ、どんなに立派なものでもぉ使ってるネコに威厳とか品格とかがないとぉ、なぁんかしょぼく見えちゃうよねぇ」
『おいおい滅多なこと言うもんじゃねぇぞ?』
ジャガーネコはチョッピングライトネコパンチを小メカネコにきめながら、『まぁでも』と続ける。
『威厳と言うにはまだまだだけどよ、品格って言うなら今権能を使ってるネコは結構なもんだと思うぜ? なにせウチの大将が肩入れしてるメスネコだからな。あのチンピラネコ集団とは、それこそ雲泥の差ってもんだ!』
すると、意識がカチッとはまったように耳が動いたよ。そこに、透明で、まっすぐ、芯の通った声が飛び込んできた。
「……――黒外套は一旦『メタル・カットス』で足止めするわ、迂回してネコゾンビたちを泡にして! 無理はしちゃだめよ? 倒れそうなら受け流して後回しにするの。落ちたトルドラード・ミーオたちは放っておいてよし! だけど近づきすぎないでね」
この声……!
出どころは上。ネコ救世軍のいた超巨大スラブのてっぺんからだ。傍らに神さまたちを引き連れて、下にいる大勢のネコたちに颯爽と指示を飛ばしている。
「「「リーディアさんっ!」」」
「無事だったようだな」
その声に気づいたか見えていただけか『鬼ネコ面』の女性ネコは、茶色いマイケルたちの方を見てほっそりとした手を「おーい」と大きく振っていた。間違いない、黒ネコのリーディアさんだ!
と。そう思いはする。
仕草や雰囲気は完全にそうだ。
でも、あれ?
外套を羽織っていないのに、耳や頭や手には、ちっとも黒い毛が見当たらない。
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