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『あくび光線』は厄介だ。
ただ『巨大メカネコ』は鈍重だった。
足元に潜りこみさえすれば、なんとそのまま動かなくなる。探そうともしない。おかげで4匹は『巨大メカネコの真下』を避難所にすることができたよ。これでしばらくは弱った神ネコさまたちを回復に専念させられる。
しばらくはそうしていられたんだ。
『小メカネコ』たちが迫ってくるまでの15分くらいはね。だけどそれからは沈みかけの小船だった。溜まっていく海水をかき出すように、押し寄せる小メカネコたちを片っ端からキャッチしてポイだ。延々、遠くに放り投げ続けていた。
一見簡単そうだけど、
「この数、厄介だな」
「地味に腕にくるってばぁ……」
軽いとはいえ金属の塊だ。灼熱のマイケル以外の子ネコは、すっかり疲れて動きが鈍っていた。決壊せずにいられたのは、小メカネコの動きが遅かったのと、
『おらぁ! 下がりやがれぇ!』
『さがりやがれー!』
『しゃがりやがれー!』
回復した神さまの力が大きい。
『淡雪ネコさま』や『雪雲ネコさま』は黙々と小メカネコを蹴散らしているし、『雪崩ネコさま』は、さすがジャガーだ。なにより『コドコドたち』の力が強いのには驚いた。ポコポコ叩いているようにしか見えないのに、メカネコたちがポイポイ飛んていく。
『しっかしこれいつまで続けりゃいーんだァ? なぁ、冷気姉ぇ』
問われた『冷気ネコさま』はまだ十分に回復出来ていないようで“メカネコ返し”には参加せず、雪崩ネコさまのすぐうしろで休んでいる。
『この事態を放っておく姉さまではないでしょうからきっと……』
『吹雪ネコさま』に身体を起こしてもらいながら細い声で答えた。傍らには『泡雪ネコさま』がうずくまり、さらに少し離れたところに『オセロット』の神ネコさまが横たわっている。
『結局は姉貴頼りかよ……おい樹木! 泡ァ! 月明りィ! オメェらもシャキシャキ働かねぇとウチのチビたちに手ぇ出そうとしたこと姉貴にバラしちまうからなァ!』
『わ、わかっている!』
雪崩ネコさまの恫喝に答えたのは木目のジャガー『樹木ネコさま』だ。2匹のチーター『月明りネコさま』と『泡ネコさま』も悲鳴をあげつつ、しっかり場を保っていた。
『そんで茶色のぉ、オメェら出ずっぱりだろ、今のうちに休んどきな! つーわけで、テメェらァ!!』
すると無言の『クロヒョウ』たちが、お尻をひっぱたかれたように飛び上がった。3匹は「ささ、どうぞ休憩してください」とばかりに子ネコたちの持ち場に割って入ったよ。茶色いマイケルの前には、普通の動物みたいに毛のある、小さい身体のジャガーネコがきて、
『世話になったな! あとはオレっちに任しときな!』
と、フリッカーネコパンチで一気に20匹くらいのメカネコを弾いていた。つよっ! そして意外と声が低い。コドコドたちが興味を失ったのはうなづけるけど、こっちのほうがいいなと密かに思う。
「た、助かったぁ。ひとまず休憩できるぅ」
ドスンと音がしそうな勢いでお尻をついた果実のマイケルは、そのままパタリと仰向けに寝っ転がった。
「しかし、ゆったりとはしていられない」
巨大メカネコたちの姿はもう、ハッキリと見えている。この場所にたどり着くのも時間の問題だろう。
「包囲が狭まりきる前に脱出せねばな。幸い、小メカネコは飛べんようだ。神たちも回復してきておるし、やりようはある」
「そうなると俺たちだけでは心許ないな。サビネコ兄弟やリーディアさんがいてくれたら……」
「ククク、むしろマタゴンズ配下のネコどもの方がいい盾になりそうだが」
「考え方がキャティみたいだよ灼熱」
こんな時だけど笑い合えるのはありがたいよね。なによりの回復薬だ。
「あふふ、そういう意味でならさぁ、ネコ・グロテスクがここにいたらぁいいんじゃなぁい? 数もいるしぃ、その隙にみんなで脱出できちゃったり、なぁんてねぇ」
おいおい、こっちが襲われるだろう、とみんなで笑う。
その瞬間だ。
4匹はそろって嫌なことに気付いた。
「……ねぇ。『黒い靄』、多くない?」
視界があからさまに悪くなっている。雨で氾濫した小川みたいに、辺りに黒い靄が溢れかえっていた。さっきまでの整然とした流れが、ない。
子ネコたちの笑顔が固まっていく。すると、
『おー良かったなー、ネコのゆーとーりになったみてーだぞー』
とっ、とっ、とっ、ととととととと
あちこちから地面の弾ける音が聞こえてきた。べちゃっ、べちゃっ、と咀嚼じみた音をさせながら生々しい何かが這い上がってくる。いや、うめき声が漏れてきた時点でそれが何かはわかっていたはずだ。
「ネ、ネコゾンビ……!」
メカネコたちの間からポツポツと生えてきた腐乱死体。顔を出し、起き上がる。やがてクンクンと鼻を鳴らし、辺り一帯の空気を吸い尽くす勢いで匂いを嗅ぎ始めた。
『まじぃな……。先に断っとくけどよぉ、アタイらはアイツらに手出しできねぇことになってんだ』
雪崩ネコさまは小メカネコを放り投げながら口惜しそうに言う。コドコドたちは、
『つららは大丈夫ー!』
『みぞれも大丈夫ー!』
と手伝ってくれそうだったけど、
『ダメですよ。神はネコ同士のもやもやに関わっちゃいけません』
と冷気ネコさまに怒られて『『はーい』』としょげていた。茶色いマイケルは2匹にお礼を言った。
直後、火の玉が飛来した。風切り音がいくつもいくつも重なって、数秒も経たないうちに着弾。爆発音とともに次々と地面をえぐり飛ばした。
「あの火の玉……!」
「ったくぞろぞろと湧いてきおって!」
火の玉の正体は、ネコミイラやトルドラード・ミーオたち。
「も、燃えてるんですけどぉ!」
激しい炎に身を焦がしながら立ち上がるネコ・グロテスク。炎がどす黒い。
続けて超巨大スラブが降ってきた。
パティオ・ゼノリスにも突っ込んできた、山のような大岩が落ちてきて、雪崩ネコさまの正面にズズズズ……と沈んでいったんだ。
『なんだこりゃ、でっかすぎんだろォ……!?』
『『でっか!』』
土煙というよりも波しぶきのようなものがざばんと立ち上がり、霧が一斉に晴れていく。
それを待っていたように『黒い靄』が流れを変えた。超巨大スラブの頂上目掛けて一直線に連なって、お城のカーペットみたいに伸びていく。
そこにいたのはネコ救世軍だ。
上から下まで真っ白い衣装をまとい、手には『ネコの爪』を持っている。それは厩舎用の“フォーク”に似た形の、拷問具なのだとキャティは言っていた。ネコ救世軍のリーダーネコは、
『――――――――――――!!』
超巨大スラブの頂上で高らかに叫んだ。とても言葉とは言いがたい、怨みのこもった呪いの声だ。白い装備のネコたちは一斉にネコの爪を掲げ、喉を焦がすほどの雄叫びをあげる。
その身体は明らかに子ネコたちの方を向いていた。
「おい果実! 責任取ってアレに帰ってもらえ!」
「ば、バカァじゃないのぉ!? オイラのせいじゃぁないですぅ! たまたまですぅ!」
「それよりあれが来たということは……」
虚空のマイケルの重苦しい声に、昨晩のバカ騒ぎと成ネコたちの優しい笑みとが浮かんでくる。
そんなはずは。
『来やがるぞっ!』
雪崩ネコさまの緊迫した声が突き刺さる。子ネコは気を引き締め立ち上がった。
『こりゃいつまでもトロットロしてらんねぇな! おい、冷気姉ぇ! いい具合に気合い入ったら無理にでもあの大岩飛び越えんぞ! うまい具合にあそこだけデカブツが潰れてくれたからなぁ!』
「たしかにあそこぉ狙い目だねぇ! ネコ救世軍の出方がまだわかんないけどぉ、神ネコさまたちが抜けられるとしたらあそこしかないよぉ」
『では包囲が狭まってしまう前にあの大岩を目指しましょう。ネコさんたち、申し訳ありませんが』
「大丈夫! みんなでなら」
越えられるよ、と口にしたところでその場がさらに混乱する。
巨大メカネコが空に向け、無数の『あくび光線』を立て続けに放った。かと思えば直後、攻撃していたはずの巨大メカネコがぐらりとふらつき、爆発した。
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