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大空の国にあるもの。
カラバさんが初めに教えてくれたのは肥料だった。大空の国の肥料といえば、農業をしているネコにとってはよだれが出ちゃうくらい欲しいものなんだって。育てた植物が2倍も3倍も元気になって、種なんかもうんと採れるって言ってたよ。みんなお腹いっぱいに食べられるようになるんだろうな。
だけど茶色いマイケルがスノウ・ハットを出てきた目的は、肥料じゃないよね?
「はいはーぁい。それオイラぁ」
応えたのはやっぱり果実のマイケルだった。食いしん坊のお客さんみたいに手を挙げてる。
「いやぁ、世界がこんなになっちゃったでしょぉ? ちょっとずつ豊かにしようとしてもキリがないからさぁ、何かいい方法ないかなぁってちち……オヤジィに聞いたら「空で育てて上から撒け」っていうんだもんなぁ。ネコ使い荒いったらないよねぇ。ま、オイラとしても大空の国には行ったことなかったしぃ、美味しいものもありそうだしぃ、で役得ぅ? なんだけどねぇ」
そうですかそうですか、とニコニコうなづいているのはカラバさんだけだよね。茶色いマイケルはともかく、灼熱のマイケルまでよくわかっていない顔をしているのは珍しいなぁ。
「ん? なんだよぉ変な顔してぇ。あ、さてはオマイ、オイラがちゃんとお仕事をしていないと思ってたんだなぁ。失礼なぁ」
「いや、木の実の国のネコが国外に出て来とるのは珍しいとは思っておったが……世界がこんなになった、とは一体どういうことなのかと思ってな」
怒ったりバカにしたりすることなく、灼熱のマイケルは真面目な顔で聞き返す。皮肉の一つでも返ってくると思っていたのか、果実のマイケルは「あれぇ?」と首を傾げた。太いしっぽも一緒に曲がる。
「オマイもしかして、ボロボロになってるのってメロウ・ハートだけだと思ってるぅ?」
「えっ、そうじゃないの!? だってスノウ・ハットは……」
「スノウ・ハット? ああ、あそこはさぁ、元々別の神様がいるでしょ? えと、なんだっけ。氷の神様? いや、氷と雪の」
「雪と氷の女神のことか? おとぎ話に出てくる」
「そうそうそぅ。その女神様はずっと眠ってるらしいよねぇ。だったら茶色が知らないのも無理はないかなぁ。ピッケもそこから来たんだっけぇ、メロウ・ハートに来てビックリしたでしょぉ」
納得顔の果実のマイケル。だけど灼熱のマイケルを見る目はちょっぴり冷ややかで、どこか非難しているようだった。
「いろんなところ旅して来たって言ってたよねぇ? それなのになぁんにも知らないなんてさぁ……」
「うぐっ……。し、しかし! ワシが通ってきた国や街が、スノウ・ハットのように平和だったのかもしれんぞ? 特に変わったことはなかったしな! 特に変わったことは……やたら殺伐としてそこかしこでケンカを売られたことくらいしか思いつかん! 確かに服もボロボロで物も不足しがちではあったが……そういう風土なのでは……」
思い出が全部、心当たりに変わっていってるみたい。燃えていた毛がみるみるしおらしくなっていくよ。植物が枯れるのを早回しで見ているみたいだった。
「あふふ! オマイって実はバカァなんじゃないのぉ? スノウ・ハットはぁ中立を宣言しているしぃ、難民ネコを受け入れてるから荒れてないだけぇ。メロウ・ハートではもう奪い合う物が無くなっちゃったっていうだけぇ。その他の国や都市ではねぇ、ネコたちがケンカしまくってるんだぞぉ? いや、そこを平然と通ってきたのだけはすごいんだけどぉ……え、オマイって実は強いのぉ……?」
煽ったり怯えたり忙しそうな果実のマイケルに、「相当な修業を積んでおられるようですよ」とまともに反応できたのはカラバさんだけだった。
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