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『金属の霧』の中を、茶色いマイケルは目をつむったまま全速力で飛んでいた。まぶたの裏で聴いているのは爆発音と、神ネコさまたちのうめき声。
『グルルル』『ぐおぉぉ』という猛獣の声は、夜の動物園にいるみたいだ。状況を知らなければ逃げ出しちゃっていたかもしれない。
『『みゃぁぁぁ……』』
そんな中、聞き覚えのある、ひときわ高くて細い鳴き声が聞こえてきた。いや、泣き声。コドコドたちだ! まぶたを開き、霧の向こうが透けるほど目を凝らすとそこにはたくさんの神ネコさまたちの姿が、ぼんやりと滲んで見えた。
その色はぱっと目に飛び込んできたよ。明らかに『白』の濃い場所がある。そして、その神ネコさまたちだけが眩しいくらいにはっきりと浮かび上がっていたんだ。奮闘する風ネコさまと『白い群』の神ネコさまたちの苦しそうな声も聞こえてきている。
もっと速く……!
ひときわ濃い霧をこじ開けるように飛び込んだ。
『おい雪ん子! そいつら早く運んで――ニャァァァッ』
『冷気ちゃん冷気ちゃん! みゃぁぁぁん……』
『……』
『雪崩ちゃん雪崩ちゃん! みゃぁぁぁん……』
『……』
『ニャァァァ! こんなんいるってわかってたらよー、もっとつえーフォルムにしてくれば――ニャァァァ!?』
『風さま……!』
『んーっ! 泡雪、しっかりしてっ!』
『……』
『雪雲ちゃんお願い!』
『んーっ!』
透明なピューマの『冷気ネコさま』、白いジャガーの『雪崩ネコさま』、子ユキヒョウの『泡雪ネコさま』が、ぐったりと横たわっている。その身体を、小さな神ネコさまたちが安全なところへと運ぼうとしていた。さらに、
「ニャァァァ!」
風ネコさまと白いピューマの『吹雪ネコさま』が、『あくび光線』を遮るように立ち回っている。
ただ、風ネコさまの足がふらついているところを見ると、苦しい状況で間違いないみたいだ。そこへ「茶色!」と声。振り返れば追って来てくれた3匹だ。「こっちだよ!」と手招きした茶色いマイケルだけど、
「みんな、白い神ネコさまたちをお願い!」
とだけ言って、風ネコさまの方へと駆け出した。
「お願いってぇ、ちょっと茶色ぉ!」
「いやわかった! 倒れている神さまたちを運べばいいのだろう。しかしいっぺんには運べないな」
「頭数はおるようだし何とかなるかもしれん。おい、神ネコさまたち、協力するからワシらの言うとおりに動いてくれ!」
『『ワシネコー……!!』』
誰がワシネコだー、という灼熱のマイケルたちのやり取りを背中で聞きながら、
「さがってろよー」
4本の脚を震わせている透明な風ネコさまの姿を見た。その後ろでは倒れた吹雪ネコさまが起き上がろうとしているけれど、身体の半分も起こせていない。
霧の向こうで、巨大メカネコの目がギラリと光る。あくび光線だ。またあれが来る!
「風ネコさま!」
呼びかけられ、子ネコに気づいた風ネコさまは珍しく慌てた声で、
「お、おい、くるんじゃねー、あぶねーぞー!」
4つの脚をピーンと伸ばして振り向いた。だけど茶色いマイケルはかまわず飛び込んだ。咄嗟のことで深くは考えなかったんだ。火傷をしないのなら盾くらいにはなれるだろうって思ったからね。だから風ネコさまたちを抱きかかえるようにかばって、目をつむって歯を食いしばって、背中で光線を受けた。そうして、ようやく怖くなった。
ただ、
「おい! ぶじかー!?」
切羽詰まった風ネコさまの声を「えっ、何が?」って聞き返せてしまうくらい、何も無かった。
「茶色ぉ!? なにとぼけた顔してるんだよぉ、無茶しないでよねぇ!」
見れば果実のマイケルが子ユキヒョウを抱きかかえながら、それこそとぼけた顔で子ネコの方を見ている。
なに、当たったの?
巨大メカネコの方を振り返ると、ちょうどあくび光線が放たれた瞬間だった。わっ、と驚きすぎて心臓が止まるかと思ったけれど、その太い光は子ネコに当たった途端、壁に弾けた雪玉みたいに散った。
爆発音も熱もなく、一幅(ひとはば)の風さえ感じない。
今度こそ呆けた顔をしていただろう。ただそれよりも、
これって、もしかして。
耳の奥でキラリと光った思いつきが、風ネコさまに振り返った子ネコの顔を、少しばかり頼もしくさせた。
***
「神殺しの兵器といったところか」
ピューマとジャガー、2匹の神ネコさまを背負ってゆっくりと飛びながら、灼熱のマイケルがつぶやいた。その言葉の不穏さに、思わずつばをのみ込む。
神殺し。
神さまたちを一方的に弱らせてしまう恐ろしいメカだ。
今もなお逃げる背中に『あくび光線』が何度も放たれている。その光を、最後尾に構えた子ネコたちが全て散らしていた。灼熱のマイケル以外の3匹でね。どうやらネコには効果のないものらしい。
『おい、いくら効かねーからって、あんま無茶すんじゃねーぞー? 神の存在削るような光だからなー。ヘタしたら一瞬で消えてたかもしんねーんだ』
「存在を、削る……」
「その割にはぁ風ネコさま元気そうに見えるけどぉ?」
茶色いマイケルの前にいる風ネコさまは今、子ユキヒョウの『泡雪ネコさま』をらくらく担いで宙を歩いていた。さっきはぐったりしていたけど、もう平気みたい。
『オレの場合、元々の存在量がデケーからなー。食われてもすぐに戻るんだぞー』
白い群のネコさまたちは、そうもいかないらしい。みんなぐったりしたままで、特に、冷気ネコさまと雪崩ネコさまは気を失ったままだった。さっきまで風ネコさまの隣で戦っていた吹雪ネコさまも、
『吹雪ちゃん、ムリしないでー』
『みぞれたちがおんぶしてあげようかー?』
と、コドコドたちに両側から支えられ、うなづきも返せず宙を歩いている。
「早く抜けて、ゆっくり休めるところを探そう」
茶色いマイケルが言うと、ちらほらと応じる声が聞こえたよ。ただ風ネコさまは、
『まー、次は次でやべーとこだけどなー』
と、ぷりぷりお尻を振って歩いていた。
一体何が? と聞こうとしてやめた。「まぁすぐにわかるか」と思ったからね。茶色いマイケルは、それくらい、もう“ここ”を抜けた気分になっていたんだ。
もっと言えば、舐めてしまっていた。
「音が……」
周囲の変化に真っ先に気づいたのは子ユキヒョウの淡雪ネコさまだ。風ネコさまの隣を歩いていたと思えばピタリと止まり、振り返る。
「なんだ、やけに静かに」
「動きが止まったな。だがこの気配」
「燃料切れぇ、ってわけじゃぁないみたいだねぇ」
『なんか来るー?』
『来るのこわーい!』
『みゃっ!?』
神ネコフォルムの雪雲ネコさまが、何に気づいたのか弾かれるようにぴょんと飛んで、茶色いマイケルの肩に乗って辺りを警戒しだした。そこに子ユキヒョウの泡雪ネコさまも加わり、さらにコドコドたちも背中にしがみついて頭を目指そうとし、挙句の果てには風ネコさままでが淡雪ネコさまを担いだまま登ってこようと……
「重い重い! 重いって!」
ぐらんぐらんとよろける茶色いマイケルが悲鳴をあげた、その時だ。
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
規則正しくそろった、いかにも大勢とわかる足音が、そこかしこから聞こえてきたんだ。
「ねぇ……ちょ、ちょっとちょっとぉ。なぁんかヤな気配、するんですけどぉ……!」
『『するんですけどぉー!!』』
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