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その戯曲は、呪われた大地に種をまく『リーディア』が、「ムダなことはやめろ」と声をかけてきたアレッシオに厄災の日々を語り聞かせる場面から始まっている。
リーディアは、大切なものを喪(うしな)ったことで真実を受け入れ、厄災を欺(あざむ)いて逃げ出してきたのだと語った。
しかし厄災は彼女を追ってきた。生贄を求めるように蔓延し、次々とネコたちの心を蝕んでいく。それをただ見ていることのできる彼女ではない。奮起し、厄災と向き合ったのだ。その気高い心は多くのネコたちを惹きつけ魂を鼓舞し、やがて厄災を収束させるに至った。
けれど厄災は大地に呪いをかけていた。呪いは世界を死滅のレールに乗せ、その行く先には誰一匹として立っていられない未来が待っている。ネコたちは瞳から光を消し去った。
一方、戦いから戻ったリーディアは加護を受けた命を使って世界に種をまいていく。それは希望の光であったけれども、眩しさを疎ましく感じる者たちも少なからずいたようだ。石を投げられ、畑をほじくり返されたこともたくさんあった。
それでも彼女は諦めなかった。最後の最後まで種をまき続け、ついには命そのものを使ってまで、大地に豊かさをもたらした。
やがて種は芽吹く。
真っ白な雲を浮かべた青い青い空をめざして緑はのびていく。
これが、戯曲『幸せをまいて歩くネコ』のあらすじだ。
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「これは『ネコネコ大戦』の隠喩(メタファー)です」
円形野外劇場の地下小ホール。
落ち着いた色の照明と、大勢のネコたちの注目とを浴びながら、いくらか毛艶の戻ったカラバが言った。
ここには役者ネコ以外も含めた劇団に所属する全員が集められていた。というのもカラバの書いた戯曲が正式に採用されることとなったのだ。師匠ネコである劇作家ネコの推薦のもと、演出家ネコと脚本家ネコ、その他興行にたずさわる全てのネコたちから認められ、戯曲は見事に次の演目として動き出すこととなった。
この集まりはその激励会のようなもの。とはいえ飲んで騒いでというわけでなく、一週間前に配られた仮の脚本に目を通した上でみんな集まっている。
役者ネコたちの目はギラギラしていた。
オーディションのために必要な解釈などをカラバが話す場でもあるからだ。
「めたふぁー?」
ぽつりと聞こえてきた声は裏方の、それも入団したばかりの若いネコのものだろう。
カラバの耳がぴくりと向きを変える。
隠喩。
ありのままを語られない物語。
それは、時代背景から直接語ることを避けたのかもしれない。もしくは語らないことでより多くを伝えようとしたのかもしれない。直接語らないこと自体に価値を置かれたためという線もある。あるいは作者ネコにすべてを語る時間や資料や技量がなく、仕方なく寓話的になったという可能性も。
「いずれかは分かりませんが伝わることのなかった物語の解釈は、それを見た者に委ねられます。この物語にどのような想いを、どれだけ詰め込むのかは、今を生きるネコたち次第なのです」
カラバは、原作である絵本を『大空の国シエル・ピエタ』で書かれたものだと言った。
「この上質な厚紙が『クラウン・マッターホルン』の木材を材料としているというのも根拠のうちですが、なによりココ、裏表紙のこの部分を見てください」
「ラクガキ……いや、文字のようだな」
アルドが身を乗り出して鋭い目を細める。カラバはうなづいて、話を続けた。
「ここにはやや古風な文体で、『もしもこの絵本がつなぎ目の部屋を通過できなければ、宮殿に寄贈する』という内容が書かれています」
「『つなぎ目の部屋』って、あなたの実家が管理してる?」
「ええ、カルティアさんの仰る通りです」
カラバは大空の国の出身だ。
父親ネコが『空と大地のつなぎ目の部屋』の管理を王ネコに任せられ、彼は幼い頃にメロウ・ハートにやってきた。それからずっとシエル・ピエタには帰らずにいるものの、あちらには親戚ネコも多いという。
「でも『通過できなければ』ってどういうこと? 輸出入は昔から行われているはずよ。絵本に規制がかけられたという話は聞いたことがないわ」
「はい。私もそれを不思議に思い伝手を頼って調べました。すると、大空の国に『つなぎ目の部屋』が現れたばかりの頃は、物品を地上に送るためには何か特別な条件があると思われていたらしいのです」
大空の国で作られた品物には、神さまの加護を受けて空に浮くことを許された『加護あり』の品と、そうでない『加護なし』の品とがある。
空に浮く『加護あり』の品が『つなぎ目の部屋』を通過できないことは今では広く知られているものの、その部屋が現れたばかりの頃はまだ分かっていなかったそうだ。『加護あり』の品だけが空に遺されるということが度々あったらしい。そのため物品を持って行き来するには何か、特別な条件があると思われていたのだという。
「つまり、この絵本が持ち出されたのは、加護のことがまだ分かっていなかった時代。そういうことなのね」
「随分古い絵本なんだな」
カルティアさんに続いて演出家ネコが腕を組み直した。
「はい。そしてその時代というのは、大戦が集結して、かつての5大同盟最後の国、メトロ・ガルダボルドが滅亡した時期と合致します」
小ホールが震えた。地下いっぱいにどよめきが起こる。
ネコたちが騒然とするのも無理はない。私もアルドもグリューズも、カルティアさんだって驚いている。なぜならメトロ・ガルダボルドが亡国となった時期というのはすなわち――。
「ここ、メロウ・ハートに旅のサビネコ様が現れた時期でもあるのです」
芸術都市メロウ・ハートは1匹の旅サビネコによって生まれたと言っても過言ではない。サビネコ様があの、踊りをとりいれた武術を伝えてくれなければこの街はとっくに廃れてしまっていたはずだ。
「じゃ、じゃあ、その絵本の作者ネコももしかすると……!」
グリューズが前のめりに尋ねる。が、カラバは「残念ながらそこは不確定だ」と言ってゆっくりと首を左右に振った。
「それでも可能性はある。大空の建国が大戦初期だったことを考えると空ネコたちが、この絵本にほのめかされている大戦の全体像を知っていたとは思えない。戦後まで地上との接点は完全に絶たれていたのだからな」
「なるほど。サビネコ様が直接お書きになったか、あるいは」
「サビネコ様から話を聞いた誰かが書いたか」
アルドの言葉に私が続く。
どのみちサビネコ様が関わっている可能性が高い。そう思ってか、みんな興奮している様子だった。
当然話は続くと思っていたのだが、カラバの説明はそこまでだった。
「えっ他には? どんなふうに大戦が暗示されているかとか……」
俄然興味が出てきたのにと眉尻をさげて、裏方の女子ネコが尋ねた。背の高い黒白ネコはゆったりと首を左右に振る。
「この絵本にサビネコ様が関わった可能性があり、本の内容がネコネコ大戦についてである以上、私たちは大戦を学ばなければなりません。今となっては遠い昔であり、すべてを知ることはできない。けれどこの物語を演じる我々は、少しでも作り手の考えに近づくべきなのです。近づいて、何を伝えたかったのか、何が語られて、何が語られなかったのかを知る責任があります」
カラバは絵本の表紙をみんなに見せる。
――そこにはクリーム色の毛をした1匹のネコの後ろ姿が描かれていた。彼女のまいた種が芽吹くのを、周りのネコがじっと見つめて待っている。
「そうして知っていく中でおのずと、この物語がどう演じられるべきなのかが浮かび上がって来るはずだからです」
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