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目の奥に光が突き刺さる。
まともに見てしまった茶色いマイケルは、宙に浮かびながら前後不覚に陥った。
「無事か! 返事をしてくれ! おい!」
虚空のマイケルの声はいやに小さい。
「やばぁっ、みんな進んでるぅ? 止まってるぅ!?」
果実のマイケルの声はもっとだ。茶色いマイケルじゃなかったら拾うこともできなかっただろう。灼熱のマイケルに至っては呼び声すら聴こえてこない。どうやら爆発音で耳をやられた上に、距離が空いてしまったみたいだ。
そうと分かると背中がスカスカしてくる。
どうしよう、今襲われたら。
弱気に飲み込まれそうになる茶色いマイケル。だけど子ネコは首をぶんぶん振った。それからすうっと深呼吸したあとで、腰の道具袋の重みを感じ、キュッと口を引き絞ったよ。
『『はふぇ……』』
声はコドコドたちだった。茶色いマイケルの両肩にしがみつき、目を回しているらしい。パーカーフードの中には風ネコさまの重みもある。子ネコは「よし」とうなづいて、その場でダンゴムシみたいに丸まった。
しばらくして目を開けると、うっすらと周りが見えてきた。相変わらずの濃い霧だ。突入した時にも感じたことだけどこの霧、金属じみた色をしている。ねずみ色や灰色の混ざった金属の色。息苦しくはないかな。ただ、ずっしりと重苦しい気分にさせられる。
視界の右端には『黒い靄』が流れていた。
それは宿場町にふよふよと寄る辺なく漂っていたものと違い、川のように決まった方向へと流れていた。流れは『金属の霧』の奥へ奥へと進んでいって、つぅっと目で追っていると、トン。後ろから肩を叩かれた。
「無事だったようだな」
「しゃくねつ!!」
喜びの声は思わず、自分でも耳を抑えてしまうほど大きい。
「構わん、耳は鍛えた。それより今のうちにここを離れたほうがいいな。神たちに見つかる前にさっさと離れ」
言葉が途切れたのは2匹に影がさしたからだ。雨雲? もしかして追手の神さまが……と焦って身構えたところで、そこには、もっと危なそうなものが迫っていた。
「なんだ、これは」
「ひっ……」
目の前に現れたのはホロウ・フクロウ(親)を超える巨大な躯体。高さ60メートルはくだらない。『金属の霧』と似た色をしていて、粗く継ぎ目があちこちにある。
メカだ。
これは神ネコさまを模して造られた、巨大な機械仕掛けのメカネコだ!
『なんかとんでもねーのが出てきたなー』
「風ネコさま! 平気?」
ぴょこんとフードから顔を出し茶色いマイケルの肩に両手をついて見上げる。
『音がうるさくてなー、耳ふさいでたんだぞー。ところであのでっけーネコ何だよー』
「風ネコさまも見たことないの!?」
『おー、あんなやべーのいるって分かってたらよー、こんなとこ避けて別の道探してるに決まってるだろー』
えっ、と聞き返したのは2匹同時だった。
風ネコさまが、避ける……!?
詳しく聞きたかったけれど動きがあった。巨大メカネコが前足を持ち上げて、肉球をペロペロ舐め始めたんだ。
『やべーぞ』
「ヤバいの!?」
ペロペロ舐めているだけにしか見えない。だけど、
『見りゃー分かるだろー、なんか』
来るぞ、という言葉と同時に目が光り、そのすぐあとに『あくび』がきた。大きく開いた口の中から、太い光の線が放たれたんだ!
キュイィィィン
甲高い音を立てて飛び出す青白い光の直線。それが茶色いマイケルたちのすぐ目の前を通り過ぎていく。もう速さがどうと言えるレベルじゃなくって、あっと言う“前”に終わる。狙われたらそれでおしまいだ!
「こんなもん避けられるか。逃げるぞ茶色、果実らと合流する! そろそろ耳も」
「あっちだよ!」
「よし! ならば先導してくれ!」
茶色いマイケルたちは背中にジェットネコエンジンでも背負ったみたいにすっ飛んで、たちまちのうちに他の2匹のマイケルと合流、それから出口の予想を立てた。
「『黒い靄』に沿って飛べば次の中継所か、少なくともこの霧の出口にはたどり着けるはずだ!」
「それってぇ、何か根拠あったりするのぉ?」
「あぁ、前にもあったからな」
4匹のマイケルはネコ飛行隊形を組んで、金属の霧の中を突き進んだ。メカネコからは大分離れたはずだ。ただ『あくび光線』の音はまだ近くで聞こえている。
「もしかして緑色の宝石の海で?」
「茶色も見えていたのか」
「あの時虚空は何を目印に進んでるのかなって思ってたから」
なるほどな、と話しているうちにいくらか落ち着きが戻ってくる。と、そこへ、
『『あーっ!!』』
コドコドたちが甲高く驚いた。
「ど、どうしたの!?」
『上見てみろよー』と答えたのは風ネコさまだ。うしろを振り返り、見上げてみれば空から影がぱらぱらと降ってきていた。なんだろう、ネコかな、とマタゴンスたちを思い浮かべた茶色いマイケルに、
「なっ!? 神様方だっ!」
虚空のマイケルの声が破裂した。3匹も揃って驚きの声をあげる。
神ネコさまたちが、やられてる!?
『あくび光線』がでっかい耳鳴りみたいな音を響かせ光を走らせると、そのたびに爆発音と一緒に影が落ちてくる。10や20じゃきかないよ。雨垂れみたいに降っている。
「神さまがぽろぽろ……」
『ぼちぼち動き出す頃だったからなー。待ち伏せかー? あれダイジョブなんかー?』
すっかりフードの中を定位置にした風ネコさまの声は普段より真剣で、本気で心配しているらしかった。『特等』の神さまらしく、面倒見がいいのかもしれない。
吹雪ネコさまにも慕われていたしね。
そう思ったところで急に身体が軽くなった。思わず前を飛んでいた虚空のマイケルの足に頭から突っ込んでしまう。
「すまん大丈夫か茶色」
「ううん! ボクの方こそ」
「珍しいねぇ茶色が速度間違えるなんてさぁ」
ははは、ごめんごめん、と照れかくしで笑おうとして気づいた。
あれ!?
気づくのと、灼熱のマイケルが「ぬわっ!?」と声をあげるのとは同時で、さらに、
『『みゃあぁぁぁーん!!』』
『ちょー、まてよー』
コドコドたちと風ネコさまの声も重なった。振り返ると3匹は今来たほうへ宙を駆けて戻っていくところだったんだ。ぐんぐん離れていく。
「風ネコさま!?」
頭の奥でピリッと嫌な予感が走った。
まさかあの中に。
茶色いマイケルは慌てて反転し3匹を追いかける。もう一方の3匹も「茶色!?」と驚きつつ、責めることなく後を追ってきていたよ。
は、はやい!
コドコドだけなら追いつけたかもしれない。だけど2匹に追いついた風ネコさまは、そのままコドコドたちを連れて先を急いだんだ。まさに風としか言いようのない速さで、金属の霧に鋭い穴を開けて飛んでいってしまった。見失っちゃう!
茶色いマイケルは「んっ!」と目を閉じた。音に集中し、芯にこれでもかと力を込めて加速する。
無事でいて。
どっくんどっくん高鳴る鼓動を聞きながら、暗いまぶたの裏側に思い浮かべたのは――
『白い群』の神ネコさまたちっ……!
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