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茶色いマイケルたちが連れてこられたのは、虚空宮殿の中心にある特別な建物だった。
外から見た宮殿は、壁があって、床があって、屋根があって、普通の家と同じように外と中とが区切られた”箱”に見える。だけどね、その中心にある特別な建物は宮殿のどの部分とも接していなくて、すべて”空”と繋がってるんだ。
ちょっと想像しづらいかな。つまり、虚空宮殿はドーナツみたいに真ん中にぽっかり穴が開いているってわけなのさ。そこにその建物が浮かんでる。
「これって……」
茶色いマイケルがつぶやき、誰かが息をのんだ。
鈍く月明りの色をした建物は、球を凄まじい力で歪めた形をしている。
見た瞬間に「違う」っていうのが分かるんだ。こんなの造れない、これはネコたちが造ったものじゃないってね。そこにあるのに、そことは違う別の場所にあるようにしか思えない。
心臓をしっぽの先で、つうっとなぞられる心地だったよ。
「これがその『接続』とやらを行う場所か」
空に浮かんで特別な建物を見上げる4匹の中から、声に不機嫌を滲ませながら灼熱のマイケルが尋ねた。
それに虚空のマイケルが小さなうなずきで返すものだから、茶色いマイケルはあちゃーと苦い顔をするしかなかったよ。いやーな予感がしたんだよね。それは当たったらしく、
「おい、虚空のマイケル」
と灼熱のマイケルが刺々しく名前を呼んだ。
「お前、どういうつもりだ」
実はさっきから何度か虚空のマイケルに質問してるんだけど、うなずきを返すだけで何にも教えてくれないんだよね。何をしに行くのかと聞いてもコクリとしか返ってこない。宮殿の廊下を進めば進むほど不安になって、外と繋がった大扉を開けたらこんな建物があるんだもん、いくら好奇心旺盛なネコだって怯んじゃう。
だから灼熱のマイケルがこう言ったのも仕方のない事だと思う。
「詳しい話をしないのであればワシらはこの先には行かんからな」
腕を組んだ子ネコが岩に見えた。いくら空に浮いていても動かせそうにない。
振り返った虚空のマイケルは眉間を歪めて意味が分からないという表情をしていた。首こそ傾けなかったものの、心から「なぜだ」って思っていそう。灼熱のマイケルは一層苛立ちを強くした声で、
「危ない目に合わされるかもしれんのに、誰がしっぽを振ってついていくものか」
と吐き捨てるように言ったよ。茶色いマイケルは忙しなく2匹を交互に見比べた。もしケンカにでもなっちゃったら、番兵ネコさんが大勢来て槍でぷすぷす刺されるかもしれないじゃないか。
虚空のマイケルは口を開けて何か言おうとしんだけど、どう見ても分かっているふうじゃない。だから茶色いマイケルは慌てて、
「ほ、ほら、秘密にするにしても『まだ言えない』とか『必ず話すから』とか、何か一言あってもいいよねって言いたいんだよ、そうでしょ灼熱?」
と割って入ったよ。灼熱のマイケルは激しく燃え盛るのを堪えて「ああ」と短く応えた。早いとこ導火線を見つけて踏み消しておかないと、いつ爆発するか分からないや。
虚空のマイケルは口元に拳を当ててしばらく黙考していたんだけど、
「そうか」
と目を見開いて、
「すまない、失念していた」
と慌てた口ぶりで釈明した。
「言葉足らずだったことをまず詫びよう。……そうだ、あれはもう作用していないのだった。説明を省く気はなかったんだ。あとで詳しく話すと言ったことに嘘は無かったし……無いのだが……それを信じてもらうにはやはりシステムが……」
声はだんだん内側に向かって、一匹言になっていく。
茶色いマイケルが「どういうこと?」という視線を向けても、灼熱のマイケルから返ってくるのは「ワシに教えてくれ」という戸惑いだけだった。
そこに切羽詰まった声で果実のマイケルが、
「あのぅ、説明してくれる気があるんだったらぁ、建物の中に入ってからにしなぁい? 戻ってもいいしとりあえず別の場所に行こうよぉ」
と訴えかけたよ。見ればとっぷりとしたお腹がピクンピクンと痙攣していた。どうやら果実のマイケルは空に浮くのがあんまり得意じゃないみたいだ。灼熱のマイケルは気が抜けたとばかりに息を吐き、
「全くお前ときたら。ここに来て半月にもなるというのに、いまだ浮くこともままならんのか……」
と呆れ顔をする。そこにみんなの視線が集まった。
「……わかったわかった。あの建物の中で詳しく話してもらえるというのであればついて行こう」
「約束しよう」
誠実な声だったからかな、灼熱のマイケルもそれ以上は何も言わなかったよ。そのあと虚空のマイケルが「契約書を書こうか?」と真面目な顔をして言うもんだから、果実のマイケルはぎょっとしていたけどね。
建物には扉が無かった。
壁をすり抜けていく虚空のマイケルに続き、恐る恐る後を追った3匹はその先でもまた驚いた。
「ここって……」
「ああ、似ているな」
「まぁた眠くなったりしないよねぇ……?」
中は『空と大地のつなぎ目の部屋』によく似ていたんだ。
綿菓子みたいな雲が足元にふわりと広がり、白くて眩しい。もう星の瞬きはじめた夜だっていうのに、ここは昼間みたいに明るいよ。太陽どころか照明すらないのにね。あの部屋と大きく違っているのは、天井に、笑っちゃいそうなくらい青空が広がっていることかな。外観よりもずっと広々としていて、外にいるとしか思えないくらいさ。
「ここは『神域接続の間』。名前の通り、神の世界とつながるための部屋だ」
頭の上を1匹のチョウチョがひらひらと羽ばたいていく……くらいの時間、3匹はたっぷりと呆けていた。
「か、神さまの世界と……?」
茶色いマイケルが代表して尋ねると、虚空のマイケルは平然とした顔で説明を続ける。
「ああ。国によって様々な形の神託があるようだが、わが国はそれよりもやや直接的なんだよ。この部屋にしっぽを接続すれば、ネコ精神体を神域に運ぶことが出来る。これを利用することで俺たちの住まう大空の国は『大空の神』から恩恵を受けているんだ」
へぇ、とそれほど間をあけずに理解を示したのは果実のマイケルだった。
「もしかしてぇ、空に浮かんだりぃ、頭の中に直接話しかけたりできるのって?」
コクリ、と虚空のマイケルがうなずく。すると茶色いマイケルは頭の中で、いくつかの疑問が紐解かれていくのを感じた。言葉にしたのは灼熱のマイケルが先だ。
「なるほどな。では、建物が浮いていることや『超振動ネコ風呂』『ネコドライヤールーム』などで使われている技術というのも、大空の神の恩恵、というわけか」
「その通り、この大空の国で使われている技術のほとんどは『大空の神』の力によるものなんだ。2匹が挙げた以外にも『大気圧・気温の調節』や『紫外線の軽減』などがそれにあたる。ただ、それらは空ネコの享受する恩恵全体からすれば、ほんの一部でしかない」
もっとすごい恩恵って何だろう、と茶色いマイケルは耳をピクっと跳ねさせた。
「『信頼の鎖ネコシステム』。それこそが空の平穏を保っていた、偉大なる大空の神の権能だった」
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