(47)あわあわの幕間5:サビネコ兄弟とピサトの残り火① 踊り

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 ハチミツとコハク。2匹のサビネコ兄弟がまだよちよち歩きの子ネコだった頃から、祖父ネコのフレイルはことある毎にこんな話をしていた。

「ネコってやつはなぁ、生まれてすぐに”常識”っていう心の種を植えられるんだ。俺の中にもあるし、お前たちの中にもしっかりと植えてある。芽吹くのは早い。それは歳を重ねるごとにぐんぐん育って、成ネコになる頃には身体の隅々にまでびっしりと根っこを広げている。

 だけどよぉ、誰もが同じ”花”を咲かせるとは限らねぇ。

 似たような花はあっても全く同じ花は咲かないし、時には花とも思えないような花を咲かせることもある。ちょうど俺らの”サビ”模様みてぇにな。

 だけど模様みてぇに目に見えるんなら『なるほどコイツの花には栄養が足りてねぇようだ。どれ、これでも食って元気出せ』って肥料をやったりもできるんだが、残念ながらそうもいかん。大抵の奴らは『ソイツも似たような花を咲かせてるんだろ』って勝手に決めつけちまってる。そんで、自分の知ってる常識とかけ離れた事をすると、血相変えてハサミを出しちまうんだ。チョキンと切っちまえば同じ花が生えてくるだろう、なんて思ってな。

 だがな、目を凝らせば見えてくるもんなのさ。そいつがどんな光を浴びて、どんな水を飲み、どんな肥料を与えられてきたのかを細かく見ていけば、その見えない花が見えてくる。

 だからよ、ハチミツ、コハク。『こいつの花は俺と違う』って思った時、カッとなってハサミを持ち出しちゃいけねぇぞ? 切り捨てるのは簡単だけどよ、大事なのは与えてやることだ。”違う”のなら”育て直す”くらいの気骨を持て。お前たちの持ってる”肥料”をたっぷりと分けてやって、同じとこに並んで根を張れるようなやつにしてやりな」

 身体の中に種だの芽だの根っこだのと、首のうしろのムズムズするような話だったから、サビネコ兄弟はこの話があまり好きではなかった。意味が分からないことも多かったし、説教くさくもあり居心地が悪くなる。さらに、その話をした後はいつも、

「”肥料”ってのは降って湧いてくるもんじゃない。コツコツと身の内にためていかなきゃならねぇもんさ。つまりはよく学び、よく鍛えてでっかい成ネコにならなきゃな。さ、鍛錬始めるぞ」

 と、普段の倍以上もしごかれるものだから、げんなりもするはずだった。

 鍛錬というのは『フレイル流ネコ武術』の鍛錬で、その名の通りフレイルの考案した武術である。押しつけがましい事この上ない名前だが、なにも名声を広めたいわけではない。

「学ぶべきことを学び取ったら、自分に合うように作り変えるんだ。そうすることでようやく他ネコに与えられるようなもんになるんだからな」

 そう口を酸っぱくして言われていたので、サビネコ兄弟にも分かっていた。

 ただし、いくら教えを理解していたとしても、うまく使えるかどうかは別の話だ。幼ネコ期を過ぎ、ちょっとやそっとのケガではヒゲも動かさないくらいの子ネコになると、

「またお前らか! よくもうちの子ネコを!」

 と、こんな怒鳴り声を夢で聞き、それを子守唄にして、夢の中でもうひと眠りするくらいの豪胆さで、2匹は暴れ回っていた。

 弱い相手をいたぶるようなことこそしなかったが、ふとしたはずみでカッとなり、フレイルの教えなどおとといの晩飯のメニューと一緒に記憶の彼方に飛ばされてしまうのだ。ついでにケンカ相手もぶっ飛ばす。おかげで『フレイル流ネコ武術』はほとんどサビネコ兄弟の制裁道具と化していた。

「これはヤクザネコになりますね、将来」

 日に日に率直になっていく近所ネコからの嫌味を、

「そん時は俺が捕まえますよ」

「できれば今捕まえて欲しいんですが」

「令状がとれませんので」

 なんてやりとりで茶化すのにも慣れた頃、ハチミツとコハクがよりにもよって本当にヤクザネコたちから一目置かれていると、刑事ネコ時代の後輩から聞かされた。

「この先の道を間違えさせちゃいけねぇ。今が考え時だな」

 そう決心したフレイルは、日課の稽古の中身を大きく変えて、ネコ舞踊を教えることに決めたのである。なぜネコ舞踊かというと、この祖父ネコ自身がやってみたかっただけであり、これと言った根拠はなかった。しかも自分が教わり、教わってきたことを思い出しながら教えるというものだったから、なかなかに不格好だ。

 だがこれが当たった。

 無様に踊ってみせるフレイルを見てサビネコ兄弟は、いくら挑んでも勝てない日頃のうっぷんを晴らすように笑い転げたが、『これならじいさんよりも俺たちの方がうまくできる』という競争心に火がついてのめり込むようになっていったのだ。

 こちらもはじめは負けず劣らずの不格好ではあった。しかしながら内へ内へと意識を向けていくうちに、『フレイル流ネコ武術』では感じえなかった心の落ち着きを得たのである。それは周囲にとっても、サビネコ兄弟にとっても良い流れを生んだ。ケンカ相手の治療費もいらなくなり、フレイルの財布も助かった。

 そんなふうに周りをハラハラさせていたサビネコ兄弟も、成長するにしたがって周りと自分たちとの関係を考えはじめ、成ネコを目前にして働き口を決めた。

「警察ネコにしとかねぇか?」

 というフレイルの説得には応じない。2匹が選んだのは『治安維持ネコ部隊』だ。警察ネコと治安維持ネコ部隊、どちらもメトロ・ガルダボルドの平穏を保つことが使命ではあったものの、この2つの仕事にはただ一つ、大きな違いがあった。

 ”有事の質”。

 警察ネコが『事件を捜査』するのに対して、治安維持ネコ部隊は『被害を阻止』する。もっと直截的に言うなら、『ピサトの残り火』による『食猫事件』を阻止し、時には対処するという役割だ。

 『ピサト』というのは、フレイルの若い頃に終結した『ネコネコ大戦』における、メトロ・ガルダボルド最大の汚点である。非猫道的な洗脳教育によって兵士ネコとして育てられ、死んで国に命を捧げることだけを文字通り使命としたネコたちのことだ。

 彼らは戦後、諸般の事情もあり、その多くが一般ネコと変わらない生活を送るはずだった。しかし、惨たらしい『食猫事件』が起こり、その犯猫がメディアにさらされると模倣犯ネコが急増。そのほとんどが同一の孤児猫院出身であったことから、軍内部で秘匿されていた『ピサト』に関する情報が引っ張り出され、公的機関にも知られることとなったのである。

 そうして明るみに出ることとなったピサトだが、その後、大規模な監視網が敷かれるとぱったりと動きが無くなった。

「闇に潜っただけだろう……」

 という声は誰の心にもあった。けれど、口にはしなかった。平穏を壊してしまいかねないと恐れたのだろう。誰かが口にしていれば、それ以降の被害はなかったかもしれないのに。

 やがて、ピサトの教えを受け継いだ『ピサトの残り火』たちが現れる。そのネコらによる食猫事件を防ぐことこそが、つまり治安維持ネコ部隊の使命だった。

 これは実際、軍ネコよりも苛烈な仕事だ。しかしサビネコ兄弟は、

「俺らぁ、じいさんみてぇに頭の出来が良くねぇからよぉ、刑事ネコなんてもん務まる気がしねぇんだ」

「そうそう。だけど腕っぷしでなら役に立てそうだからさ、”肥料”ってやつを撒いて、もうちっとは住みやすい国にしてみせるよ」

 その隊服の袖に腕を通したのである。

 今、メトロ・ガルダボルド本国では、実に一日数十件の食猫事件が『ピサトの残り火』たちによって起こされていた。

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