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シエル・ネコ・バザールっていうのは、大空の国の市場なんだ。
ネコたちの欲しいものはすべてここで揃うんだって。雰囲気は雪と氷の祭典中の広場に似てるかな。ただ、広さはそう変わらないのにネコの数が100倍以上違ってる。
ここのお店は前後左右に並んでるだけじゃなくって、その上にも、さらにその上にも間隔をおいて並んでるんだ。
同じ広さの土地なら、一階建ての家よりも2階建ての家のほうがたくさんのネコが住めるよね、それと同じさ。100階建ての商店街みたいなものかな。どのお店も広い空にゆったりと浮いてて、その中をネコたちがピュンピュン飛び回ってるんだけど……すごい動きだなぁ。
網目を縫うようにシュルンシュルンと行き交うネコたちは、それだけでもすごいのに速さまである。ミツバチが巣の周りを飛び回ってるのを見たことがあれば、それを思い浮かべてみて。はちみつを舐めたくなるよね。
虚空のマイケルを見失わないよう必死にその背中追いながら、茶色いマイケルは空ネコたちの動きを観察していた。
慣れてくれば空に浮くこと自体はカンタンなんだ。
”芯”さえ見つければ直立して浮いていられる。浮き上がったり降りたりするのは、芯に入れる力の強弱でどうにかなるしさ。前に進んだり後ろに下がったり、横にずれたりする動きも難しくはない。行きたい方向に芯を傾ければいいだけなんだからね。
ちょっと難しいのは斜めの動きかな。行きたい方向に芯を傾けながら力の入れ方を変えなきゃいけないから、エスカレーターを登るような滑らかな動きが出来るようになるのは一苦労だったよ。
それが基本の動き。
大変なのはそこからさ。この猫混みをスルスルと進んで行かなきゃならないんだからね。縦横斜めと、思い思いにショッピングを楽しむネコたちの動きは、予想するのがすっごく大変なんだ。
前を歩いていたネコが急に立ち止り、振り返ったと思ったら斜め下へ行こうとすることがあるし、
「あっ、ごめんなさい、どうぞ」
「わるいね」
正面から来たネコとぶつからないように右へ避けたら、相手のネコも右へ避けてきて、
「あっ」
「あっ」
って、鏡を見ているみたいにいつまで経ってもお互い前に進めないなんてこともあった。
ついさっきなんか、店先で炙ってるカツオ串を「美味しそうだなあ」ってほんの数秒見ていたら、
「わわっ!」
「おっと」
「みゃう!」
「あっ、トマト!」
「パクッ! おいしいぃ」
3匹のネコたちと衝突しそうになっちゃったんだ。
驚くべき身のこなしで相手のネコたちが避けてくれたから、茶色いマイケルはぶつからずに済んだけど、咄嗟にあんな動きは出来ないなぁ。トマトは下を飛んでたネコが食べちゃったみたいだね。なんか聞き覚えのある声だった気がする。
そんなふうだったからさ、
「よし着いたぞ」
って虚空のマイケルに言われて心底ホッとした。シエル・ネコ・バザールのお店自体はあんまり観られなかったから、もうちょっと自在に動けるようになってからまた行こうっと。
連れて来られたのは、それはそれは壮麗な建物だった。
「ここ……入っていいの?」
見上げるほど高い円柱が、茶色いマイケルたちを取り囲むようにずらりと並んでいて、その上に印象的な丸天井が乗ってるんだ。形はスノウ・ハットの教会に似てるけど、ここもやっぱり規模が違う。
そんな巨大な建物に、氷の神殿と同じくらい精巧な彫刻が、すき間なく施されてるんだから、目がチカチカしちゃうね。
「もちろん入っていいとも。ここは虚空宮殿、俺の家なんだ。まずは王である父上に顔を通しておくとしよう。建物の中は地上と同じように歩けるから楽にしてほしい。そうだ、部屋は用意してあるから宿泊先の手配はいらないぞ。あとは……」
虚空のマイケルは、茶色いマイケルが大空の国に初めて滞在することを知っているらしく、いろいろ細かなところまで気にかけてくれた。
だけどさ、大事なところをそんな雑に説明しないで欲しいよね。
「ええっ、キミって王子様ネコなの!?」
説明の途中だったのをお構いなしに茶色いマイケルが尋ねると、
「おや、そうかまだ言っていなかったか。では改めて」
と虚空のマイケルは首元に手をやり、ネクタイを締め直した。
「俺はこの大空の国シエル・ピエタの王ネコの長子。名を、マイケル・NEKO・シエル・ピエタという。先に名乗った通り、近しい者たちからは虚空のマイケルと呼ばれているから、そちらで呼んで欲しい。こちらも茶色いマイケルと呼ばせてもらおう。よろしく」
芯の通った声でそう言うと、指先をそろえた手をすっと差し出した。
茶色いマイケルは「あ、どうも……」と言って猫背気味に、おずおずと両手でその手を握ったよ。
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