(30)6-1:宿場町パティオ・ゼノリス

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 夜の暗がりと、白熱灯のぬるい光さえあれば、どんな場所でも大体心地よく過ごせてしまうのかもしれない。

 廃村みたいな雰囲気を漂わせていたこの町、パティオ・ゼノリスも、大通りの両側に並ぶオープンテラス付きの店々に橙色のランプが灯れば、そこはもう立派な観光地だ。騒いでいるネコたちの姿くらしか見るものは無いけれど、それだけでも十分以上に目を楽しませてくれる。

 茶色いマイケルたちもそんな賑わいの一画を陣取り、いくらでも頼んで構わないという風ネコさまの言葉を信じて(あぶない)、なんとかここまで来られたことを互いにねぎらいながら食事をしていた。

 丸テーブルにたくさんの皿が並べば、たとえ食事のいらないネコ精神体だとしてもお腹がぐぅと鳴る。クラウン・マッターホルンを登りはじめてからしばらく、まとまった食事を採っていなかったからね、子ネコたちの目が光るのも仕方のない事さ。

 とはいえ、文明社会に暮らすネコとして恥ずかしくない食事の仕方はしなきゃいけない。まずはナイフとフォークを……。

「よう! 早速がっついてんなお前ら! もうちっと上品に食えよ」

 店を囲っている木の柵に両ひじをのせ、茶色いマイケルたちにカカカっと笑いかける上半身裸のネコ――ハチミツさんを見て、まず灼熱のマイケルがミネストローネスープを噴き出した。さらに、

「兄ちゃんも俺も似たような食い方だと思うけどね~。どうやら無事に来られたみたいで安心したよ」

 と、何もなかったように声をかけるサビネコ兄弟の弟――コハクさん。2匹の登場に、他のマイケルたちもネコ食いを止めて顔を上げたよ。ただ、みんな黙って口の周りをペロペロペロペロと舐めている。色々聞きたいことはあるのにミートソースが美味しすぎて止まらないんだ。風ネコさまは全部無視して食べ続けてるし。

「いや、食ってからでいいぞ」

 苦笑いするハチミツさん。

「というか俺たちもここで食べようよ。あ、店員ネコさーん、相席相席! こっちのテーブルくっつけるからよろしくー!」

 2匹は子ネコたちがウンともスンとも言えないのをいいことに、グイグイ距離を詰めてくる。しかもすぐに料理が来たもんだからもう追い返すわけにもいかなかった。

 灼熱のマイケルはムスッとした顔で、

「それで、一体何の用だ、賊ネコども」

 腕を組んでそっぽを向く。

「おいおい賊ネコはねーだろー。なに、情報弱者ネコのお前らに成ネコとして色々教えてあげなきゃと思ってな。まぁそうツンケンすんなって。ちょっと行ってすぐ戻って来たってだけじゃねぇか」

「なーにがちょっとだ。ワシは寝とったから知らんが、こやつらが死ぬ目にあったというのに」

「死ぬ目って? まさかあっちの方、スラブほとんど無かったの?」

 白々しいと顔をしかめる子ネコに代わって、コハクさんの質問に答えたのは果実のマイケルだ。

「まぁ、スラブがほとんどなかったってのはそうなんだけどさぁ、あの鬼ネコ面だよぉ。茶色と虚空が持ちこたえてくれてなかったからオイラたちあの包丁持った殺猫鬼に」

「「包丁持った殺猫鬼!?」」

 ドンと叩かれたテーブルの皿が宙に浮いた。あと、風ネコさまもびっくりして跳びあがった。

「おい小太りネコチャン、そいつが持ってたのは普通の包丁かそれとも牛刀か? 牛刀ってのは包丁よりも刃渡りの長い」

「いや兄ちゃん待って待って、それよりも小太りネコちゃん、そいつどんな鬼ネコ面かぶってた? あと服装とか仕草とか知ってることがあれば」

 テーブルの上を這って来そうな勢いの2匹を見て「ひぃっ!」と身を引く果実のマイケル。助け舟を出したのは灼熱のマイケルだ。

「何も言わんでいいぞ豚猫。おい貴様ら、まずはお前らの知っとることを洗いざらい吐いていけ。教えてやるとしたらそれからだ」

「おいおい今はそう言ってる場合じゃ」

 ハチミツさんが、その隣に座る灼熱のマイケルに手を伸ばし、がっしりと腕をつか――もうとしたところでその手が空を切った。よろけて頭を低くしたハチミツさんと、それを上から見ている灼熱のマイケル。2匹はほんのわずかな時間目を合わせ、それから何事も無かったように座り直した。

「わーかったわかった。先にお前らが狙われてる理由ってやつを教えてやるからよ、そしたら」

「いいやこの際だ、最初に言っていたように情報弱者の俺たちに色々教えてもらおう。それこそ灼熱の言うように洗いざらいな」

 割って入ったのは虚空のマイケルだ。さも当たり前みたいに割り込んだ。

「そいつぁ欲張り過ぎってもんじゃ」

「何を言う、こちらは殺されたかけたんだぞ? 君たちは知らなかったようだが俺たちにしてみれば関係ない。君たちに殺されかけたも同然だ。そんなネコにどうして大事な情報を渡せるというのだ。文字通り、命がけで得た情報なんだ。安くはないだろう?」

 うっ、と顔を見合わせたサビネコ兄弟。虚空のマイケルは「それに」と言い、

「君たちにとってあの殺猫鬼が重要なのであれば、今後何か力になれることがあるかもしれない。そのために今から信頼を築いておくのも悪くはないはずだ」

 と、上品に口元をナプキンで拭った。交渉ネコモードだ。

 コハクさんの方はまだ何か言いたそうにしていたけれど、それをハチミツさんが止めて、

「まったくよぉ、子ネコのご機嫌取りも楽じゃねぇなぁ」

 と言って手近な肉をつかんでがぶりと齧りついたよ。

 肉を横取りされた風ネコさまが『にゃーん』と非難がましく鳴く。

「それで、結局ワシらが狙われたのは一体全体どういう理由からなのだ?」

 マタゴンズにはじまり、助けたネコたちにまで襲われてきた。茶色いマイケルだってまずはその理由を知りたい。

「このレースには完走賞以外に入賞と特別賞があるのってのは……知ってるみたいだな。入賞ってのは上位3番以内でゴール出来れば貰えるんだが、お前たちに関わってくるのは特別賞の方だ」

「そういえばマタゴンズが攻めてきたとき、最初に走ってきたネコが言ってたよね、特別賞いただきますって。でもそれがどうボクたちと関わっているんだろう」

「なんでも、お前らを抜くか消すかすれば、新入りの奴らは揃って特別賞がとれるって話だ」

「えぇ? オイラたち何かしたっけぇ?」

「へぇ、小太りネコチャンは見た目よりも頭の回りがいいらしいな」

「その呼び方ぁやめて欲し」

「俺たちもそれが気になったんだよね。子ネコに追い抜かれたら足きりでリタイアさせられるって言うんなら分かるんだけど、追い抜いたら特別賞っておかしいもんね。大抵の願いは叶えてもらえるって言うじゃない、この特別賞ってやつ」

「だから調べてみたんだけどよ……お前らこのレース初めてじゃないって、マジか?」

「「「「……は?」」」」

「前回いい成績だったから、そいつを抜けば特別賞がもらえる……って話が……」

 子ネコたちの顔を見たサビネコ兄弟は2匹揃って苦笑いし「「だよなぁ」」と、こちらも声をそろえてため息を吐いた。

「ワシらが以前に出たことがある? ばかばかしい話だ。それをアレらは、いや、お前たちも含めて信じておったというのか、しようもない」

「いや待て待て。俺たちは信じてたわけじゃないぞ? そりゃあ、お前らは”芯”の使い方を知ってたし、ちーっとばかりは『そうかもなぁ』って思ったりもしたけど」

「いや、兄ちゃんは大分信じてたと思う。『マジかぁ! それなら初出場のやつみんなであいつら抜いてやろうぜ!』って他のネコたち煽ってたし」

「ばっ、ばっかてめぇコハクそれ言うんじゃねぇ!」

 ひどく慌てるハチミツさんに子ネコたちの細い目が突き刺さる。

「ま、まぁそういう事も言ったかもしれねぇけどよぉ……――お前ら潰そうなんてことはちぃっとも思っていませんでしたぁ! 助けてあげたの忘れたんですかぁ!?」

「開き直りおって……」

「いつもこうなんだよね。ほら、兄ちゃん。せっかくだから全部吐いちゃいなよ。どういう考えだったのかって」

「でもそんな……恥ずかしいし……」

「クネクネするな、飯が不味くなるだろうが!」

 話によればこのサビネコ兄弟、茶色いマイケルたちが真剣に完走しようとしていると感じていたようで、『だったらせめてリタイアにはならないように』と足止めすることにしたらしい。そうすれば他のネコたちが4匹を狙う理由が無くなるからね。言えばいいのに!

「ふん、礼は言わんぞ。そもそもワシらが狙われた原因自体がハチミツにあるのだからな」

「そうよ、もっと他にやりようがあったんじゃない?」

「そうだよそうだよ、ちゃんと話してくれればボクたちだって……って、え!?」

 ふと、聞きなれない女性ネコの声に、茶色いマイケルの耳がクィッと向きを変え、それから頭も身体も引っ張られるように振り返った。すると子ネコの後ろに立っていたのは、

「鬼ネコ面、さん……!?」

 般ニャの方の鬼ネコ面だった。そのネコは面を取りながら、

「私も混ぜてくれるかしら。情報交換」

 と微笑む声で言った。

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