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「そんな! 雪がしゃべるはずがないじゃないか!」
「そう、誰もがそう思っていたのだ。耳を寄せて聞いていてもなお」
燃える炎の子ネコは腕を組み、噛みしめるようにうなずいた。その様子を見守るのは、いつしか茶色いマイケルだけじゃなくなっていた。とっても小さい声で話してはいたけれど、氷像を見て回っていた周りのネコたちが聞いているのがわかる。耳がこっちに向いていたからね。
「大樹の洞で暖をとっていたネコたちは恐れおののいた。何かとてつもない、得体のしれない存在に声をかけられてしまったのではないかとな。息をひそめ、その何かをやり過ごそうとした。いいや、そう祈ったのだ。
だが、声の主は、させなかった。
『何も言わぬか』
底冷えのする声がネコたちを取り巻く。
あまねく雪の一粒一粒が震え、恐ろしい音となって耳に飛び込んでくる。
狭い、と思っていた洞の中を 広く感じてしまうくらい、小さく小さく縮こまる。
震えあがらずにはいられなかった。
しかし群れの主が勇気を振り絞った。
手もしっぽも震えてはいたけれど、必死に爪を立てて堪え、ゆっくりと自分たちの状況を 声の主に伝えた。
旅のこと。ここに来て遊んだこと。そして病のことを。
伝え、そして言葉を待った。
そこでネコたちは知る。
声の主が、畏れ敬うべき、神に類する存在なのだと。
神とは気まぐれなものだ。気まぐれで水を奪い、気まぐれで山を焼き、気まぐれで砂をまき散らす。
そういう存在の支配する場所で勝手に遊びまわり、ましてや病まで持ち込んでしまった。ネコたちはいよいよもって覚悟した。ここは雪と氷の世界。氷漬けにされて雪の中に沈められてしまうとな。
だが、群れの主だけは諦めなかった。このままではどのみち飢えと寒さで命はない。これは目の前に垂らされた一本のねこじゃらし。それをつかめれば命をつなぐことができるかもしれない。決して手放してはならない。
「いと尊きお方よ、我々をこの美しい土地に住まわせては頂けませんでしょうか」
何とも図々しく危険な願いを口にする。対価を示さない、自らの言い分のみの提案。そういう願いを神々はひどく嫌うからな。
それが何の気まぐれか、声の主――雪と氷の女神はその提案を受け入れた。
『おうちは用意してあげましょう。食べ物にも困らないようにしてあげる。もっと欲しかったら自分たちでがんばりなさい』
ネコたちが耳を疑う中、群れの主はすかさず、
「感謝いたします」
と言った。これには約束を結んでしまう意味があったのだと歴史学者ネコたちは言っている。どんなに気まぐれな神でも、約束はわりと守るからな。ただ、この雪と氷の女神がそう考えていたかどうかは怪しい。
『約束しなさい。きっと楽しんで遊ぶこと。子ネコを泣かせてはならない』
と、簡単に約束を上書きしたのだから」
***
それからご先祖ネコ様たちは家を持ち たくさん食べて病気を治した。
成ネコが元気になったのを見て、子ネコたちにも笑顔が戻ってきた。みんな元気になってネコの数も増えた。頑張って家を建てていった。そしていっぱい遊んだんだ。雪と氷の女神さまに言われたとおりにね。
ご先祖ネコ様たちは、子孫ネコたちがいつまでも暮らしていられるよう、『約束』を忘れない形で残したんだって。
それがこのお祭り、雪と氷の祭典。
ご先祖ネコ様の氷像と、その子孫とを一緒に遊ばせて、雪と氷の女神さまに捧げているって、燃える炎の子ネコは言ってたよ。
茶色いマイケルはこの話を聞いて考え込んだ。知っている話とは違っていたからね。
お母さんネコや大人ネコたちから聞いた話では、遊びを捧げる相手はご先祖ネコ様たちだったんだ。だけど燃える炎の子ネコは、雪と氷の女神さまへ捧げている、と言う。
どっちが本当なんだろう?
どっちも本当なのかもしれない。
そんなのことあるのかって? あるんだよなぁ、これが。だって茶色いマイケルが知ってる昔話なんてほんの少ししかないんだから。絵本の中に書いてあることくらいしか知らない。大人ネコたちだってその絵本に書いてあることくらいしか話さないから、子ネコたちの頭に残るのは、かいつまんだ話だけなのさ。
それにご先祖ネコ様の話よりも、雪と氷の祭典の話よりも、子ネコたちがなにより興味があるのは、シロップ祭りなんだから!
たとえ聞いていたとしても、忘れちゃってるかもしれないな。
それにしてもさ、その話が正しいのかどうかは置いておいて、燃える炎の子ネコって物知りだよね。きっと、茶色いマイケルたちの読んでる本よりもずっと難しいことが書いている本を読んでるんだろうな。背はちっちゃいのにスゴイ!
まぁ、マークィーの氷像を見て興奮しているところを見ると、やっぱり子ネコなんだなって思うんだけどさ。
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