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トムとチムが奇声をあげると透明な爆撃が道を吹き飛ばし、すぐ右側で光が飛沫をあげた。
マークィーが懸命に避ける。けれど、そこへケマールさんが射掛けるものだから防御もままならない。10を超える攻防の中で、4匹は少なからず血を流していた。
「あとはゴールするだけではないか! なぜ襲ってくる」
最後尾に乗る灼熱のマイケルが声を張る。不意打ちをまともに受けてしまった片腕は垂れ下がったままで、今は足だけでマークィーにしがみついているようだ。
『坊やたち、持っているものをお渡し』
拡声器を通したガラガラ声はニヤニヤと笑っている。
『あたしが秤に置いてやるよ。たあっぷりと罪を見たあたしがねえ』
な、と驚く声が4つ重なり、
『ぶっ潰しな!』
すぐに爆撃とボーガンの連携攻撃が始まった。
「こらえるんだ、じきに別れる! つかまれ」
先頭、虚空の頭の向こう側、まっすぐな上り坂が終わりを迎えようとしていた。その先は道が分かれ、細くなり、蛇行したり波うったりと編み物みたいに複雑に入り乱れている。右か左かしかないこの状況を変えるならあそこしかない。ただし、
『手前でやっちまうよ』
「「アイアイィィ!」」
それはキャティもお見通し。車はしつこくあとを追ってきて爆撃を放り込む、矢が突き立つ、爆撃、矢、そしてまた――そのうちの一発がマークィーの鼻先で破裂した。
スピンしていなければやられていただろう。マークィーの強靭なバネに助けられ、3回転半して急停止。4匹はそこで車と正面から向き合った。
『さぁさぁ、坊やっ!』
ケマールさんがギュッと力を込めて狙いを定めた。外す気はないらしい。
トン、と子ネコの肩に手が乗った。茶色いマイケルは虚空の肩へとそれを繋いで芯を震わせる。そして。
「そんなに欲しいのならばくれてやろう」
『ばっ』
車が前を跳ね上げた。ふわりと浮かび、道に落ちて火の粉を振りまきながらダン、ダン、ダンと弾んで跳ねてはじけ飛んでいく。あわやというところで道の外に落ちるのを避け、車体を激しく擦りながら蛇行し、態勢を立て直していた。
ただし追いかけてはこられない。車の制御を取り戻したその場所は、道の分岐点だったんだ。道は何十とあるものの、彼らに選択肢はなかった。
別のルートに入り込んだマタゴンズは、網目のように交錯する道をいくつかまたいだ向こう側で、
「アイツら使えるようになってやがるぅぅぅうああ!↑」
と、悔しがっていた。
茶色いマイケルは、灼熱たちのケガを気にかけつつ、静かにこちらに狙いを定める狩ネコを見据えた。
――己の“つよみ”を知れ。
彼は樹洞の中で教えてくれた。それはネコ精神体そのものを飛ばす攻撃なのだと。マタゴンズの使う“見えない爆撃”や、ケマールさんの“見えないボーガンの矢”の仕組みのことだ。
――己の“つよみ”を自覚し、それを頭に描いた“動き”と重ねるのだ。“動き”は慣れたもの、洗練されたものを使え。子ネコであれば――。
自分の“つよみ”って何かな、と悩みつつも賑やかになっていく子ネコたちに、すごく分かりやすくアドバイスもしてくれた。
なのに、なんで。
道は度々近づいた。完全に交わりはしなかったけれど、そのたびに爆撃とボーガンと、子ネコたちの“見えないネコパンチ(遠距離)”を交換し、傷をつけ合いながらも先へと進む。
「まずいな」
虚空は道を見極めることに専念していて攻撃には参加していなかった。
「追いつかれてはいないよ?」
「ああ、おそらく速度は互角。しかし早めにどこかで巻き返さなければ」
そう言って示した指の先に見えたのは、ゴールへと続く長い左カーブの一本道。
「同じスピードで走ったとすると、最終的に左側をとったほうが主導権を握る。彼らが前に出れば、まず間違いなく速度を落としてこちらを止めにくるはずだ」
だったら、なんとかしてマタゴンズの足を止めないと、と次の接近地点で勝負をかけることにした。ただ、
「今のうちだ!」
接近してきたマタゴンズの車は、虚空の見立てた最短ルートを選ばずに急上昇してから離れて行ったんだ。これはチャンスと4匹は身をかがめ、マークィーができるだけ速度をあげられるようにじっとしがみつく。そこに灼熱の感覚が電撃みたいに伝ってきたよ。
危険を感じて一斉に上を振り向けば、
「ケマールさん!」
ボーガンを構えた成ネコが外套をはためかせながらこちらへ飛び降りてくるところだった。
当然避けた。瞬間的に加速して乗り込ませない。ケマールさんは光の道路につきささるように着地し、子ネコたちはその一瞬で一気に引き離したんだ。
振り切った。そう思ってしまったのが間違いだった。
「う、うそぉぉお」
心の声を果実が代わりに叫んでくれた。
その走りは凄まじく、クロヒョウやチーターを思わせる勢いで猛然と追いついてくる。右手は使わず三本足で追いすがり、ついには斜め後ろつけて体当たりまで仕掛けてきた。
それが強いんだ。マークィーの体重は500キロくらいだけれど、それをゴスゴス叩いて弾いてくる。応戦どころか、振り落とされないようにするだけで手一杯だった。
体当たりのたびに力いっぱい毛を握りしめたよ。切り傷がぱっくりと開いたのが分かった。同時に、あるはずの痛みがないことに気づいたんだ。芯を共鳴させている今、当然仲間ネコの痛みも伝ってくるはずなのに。振り返れば灼熱のマイケルが顔をしかめて上体を伏せていた。
茶色いマイケルはその右側、食らいつくように頭を打ちつけてくる成ネコを見た。傷だらけの顔で牙を剥く表情は獣じみていて、もはや理性があるのかどうかも怪しくなってくる。
どうしてかは分からない。ただ、胸の奥のもっと深いところでコオォっと冷たい炎が滾ったんだ。
「みんな、ボク」
思いは、芯を通して即座に伝わったらしい。2匹分の不安が待ったをかける。だけど、
「負けるなよ」
灼熱がこっちを向いて、ケガなんてなかったみたいにニイと笑ってくれた。それを感じたからか、
「次の接近地点までにけりをつけてくれ」
虚空の声にも覚悟があった。果実も心配を振り払うように強く頷いてくれた。
茶色いマイケルはフシュゥゥと息を吐き、全身にありったけの力を込めてマークィーの背中から飛び降りた。タッ、と強く道を蹴りやって、後方から襲ってくる成ネコに跳びかかる。牙を剥いた。
「フギヤァァアッ!」
それを真正面から受けるケマールさん。頭と頭でぶつかった2匹はその場でもつれるようにつかみ合い、転がりながらネコパンチやネコキックを交わしたあと、空中で態勢を整えると並んで走り出した。並走ネコダッシュだ。
「なんで……こんなっ!」
「さっさと我が家へ帰りたいからだ」
「だったら! 先に行けばいいじゃないか」
「頼まれごとだからな。鉄のラクダに乗せてもらってもいる」
「じゃあボクたちと一緒にいこうよ。マークィーならあと1匹くらい平気さ」
「法官の命令は絶対なのだ。それに」
一変。コンクリートを噛み砕いたような表情に。
「お前を見ると膿んでくる」
動揺と同時、熱い声で背中が押された。
「茶色、やれ!」
体当たりを受ける一瞬、わずかにかがみ、バネを効かせてやり返す。触れる。そして――
迷いはあった。ネコに対して芯をとるということ、それは相手の心を覗く行為でもあるんだから。
「それでもっ!」
激突する肩と肩。芯に意識を集めた瞬間、世界の色が反転し闇の中に光が輝いた。2つの芯がぶつかり合う。すると子ネコと成ネコとの境界が曖昧になっていき、ひどく悪臭を放つ泥が押し寄せてきた。のまれる間際、どぷっ、という音が鼓膜を叩き、子ネコは無音の中へと押しやられていく――。
目を開けるとそこには、いまだかつて味わったことのない乾いた世界が広がっていた。砂だ。口を開ければ砂がたちまちのうちに水気を吸い取るような、ざりざりとした、ひどく居心地の悪い世界だった。
そしてその中でこの、傷だらけの成ネコの半生が生々しく流れていく。
捕らえられ、痛めつけられ、そうして従順になった彼はそれでも、ひとつかみの幸せを得たんだ。だけど。
それは息子ネコが生まれ、しばらくしたころに訪れた――。
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