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雷雲ネコさまの見たものは『白い群』。
ジャガー、ピューマ、コドコド、子ユキヒョウ、そして猫。
かたわらには雲派閥の神ネコさまたちもいて、巨大クレーター中央の丘には知った顔ばかりが集まっている。まわりを囲む100万匹の細神たちも無事らしく、みんなそろって巨大ライオンをにらみつけていた。
金属の色をした空がバヂバヂッと弱々しい光を散らす。
『なぜお前たちがここにいる』
雷雲ネコさまの声はいやに冷えていた。
『はん、オメーが気に入らねェからに決まってんだろォがよォ! ああん!?』
雪崩ネコさまが吐き捨てる。巨大ライオンは低く唸って紫電のたてがみを逆立てた。
『つ、つららは雷雲なんか怖くないぞー!』
『み、みぞれだってらいおんなんか怖くにゃいろー!』
『ごあ』と吼えられたコドコドたちは『みゃあ』と鳴いて頭を伏せた。
『だまって答えろ。なぜお前たちがここに――』
『見て分かりませんか』
ぴしゃりと押さえつけたのは冷気ネコさまだった。
こうなることは分かっていた。雷雲ネコさまはここで大きく動くはず、というのはオセロットの話。
――細神を力へと変換する凶行は、これまでは隠れて行われていた。だがメガロ・カットスが出てきたならばまず間違いない。アレに襲わせることで神々をひとところに集め、まとめて吸収するはずだ。これを成功させると手がつけられないが、犯行自体は白日の下に晒しておきたい。そこで――。
白い群のネコさまたちがこっそり動いていたんだ。
――“あの方”の妹たちという肩書は強い。これで細神たちに自衛手段を与えておくことは出来る。
と。
『重ねたか』
雷雲ネコさまの理解は早かった。確認したのは100万匹の細神たちの姿勢だろう。4つの足を大きく広げ、前後左右と触れ合うことで、クレーターの中では全員が繋がっているはずだ。
『細神だからってありがたく刻まれてやると思うなよォ!? アタイらにだって芯はあるんだからなァ!』
『『あるんだからにぁ!』』
しっぽの先で火花がバチッと散った。すると巨大ライオンは視線をずらして、
『……仕方ないか』
寂しげな声でつぶやく。
間髪入れず球雷が浮かびはじめた。黒雷の衣をまとった毒々しい光球が雷雲ネコさまの周りを取り囲む。どくん、どくん、と内臓のように鼓動をうって膨れあがる球雷群は、グロテスクな星空にも見えた。それが瞬時に放たれる。
放たれたその先。大空ネコさまは迫りくる球雷群に向かって、
『なんで、雷雲ちゃ……』
か細い声を漏らし、だけど現実から目を背けるように、うつむいた。
『カラダ張らんかい!』
大気圧ネコさまの咆哮は派閥の神ネコさまたちを一斉に突き動かした。押し寄せる球雷群と大空ネコさまとの間で身構える。その姿は勇敢そのものだ。けれど腰が引けてしまっているのが見てわかる。長く伸びる影が今にも彼らをそこから引き剥がしてしまいそうだった。
『どれ』
巨体を差し込んだのは地核ネコさまだ。ただ、球雷の衝突直後には苦しげな声が漏れた。そのあとをチュン、と高くて可愛らしい音がいくつもいくつも重なっていく。
『地核さんっ』
『まだや、突っ込んでくるで』
ライオンはさらに巨大になっていた。球雷群が防がれたと見るなり、下で待ち構えるもう一つの巨体を目掛けてどうと押し寄せる。大質量同士のぶつかり合いで凄まじい衝撃がとてつもない音となって――
にゃー。
が、聞こえたのは小さな鳴き声だけだった。
『はぁ!? 雷雲は!? どこや!』
視界を埋め尽くしていた巨体がない。煙のようにたち消えたんだ。どこだどこだと見回すも見つからず、地核ネコさまでさえ慌てて空を仰ぎ見る。
ちがう。
そっちじゃない!
茶色いマイケルには見えていた。意識の懐に潜り込んだ雷雲ネコさまの姿、そして、膨らんでいく無数の球雷が――。
オセロットから切り離された子ネコたちは、大空ネコさまたちから少し離れた場所に降り立っていたんだ。そこから駆け寄る途中のことだった。
衝突の瞬間を横から見た。
みるみる膨らんでいく巨大ライオンが一瞬で、それまでの姿と比べるとノミみたいな大きさに縮んだのを見逃さなかった。そう、クラウン・マッターホルンで見た、あの黒猫フォルムだ。
意識の死角に滑りこんだ黒猫は、宙に気を取られる地核ネコさまたちの内側に潜り込んでいる。
「下だ!」
灼熱のマイケルの叫び声にハッとした獣たちの顔がこちらへと振り向いた。
けれど少しばかり遅い。雷雲ネコさまはすでに無数の球雷を作り出していた。球雷は神ネコさまたちの隙間を埋めるように配置され、それが膨らみだすと黒猫はその向こうに隠れてしまう。
子ネコたちは駆け寄りながら目星をつけた場所へと“遠距離攻撃”を叩き込み、次々と球雷を消していく。だけど追いつかない。
邪悪な球体は膨れあがり、球の表面には笑顔のような亀裂が走った。その瞬間、一気に炸裂し――
いや、引きちぎられた。
『なっ、まさ――!?』
明らかに狼狽した雷雲ネコさまの声。それもそのはず、一面に広がりかけた球雷が、壁紙を引き破るように次々と引きちぎられていったんだ。正確に言うなら、噛みちぎられていた。
球雷はズタズタに切り裂かれ、風に任せた布みたいに神ネコさまたちの周りを舞っていた。
あとには静寂と、咀嚼音だけが残ったよ。
にっちゃ にっちゃ にっちゃ
追い立てられるように宙を駆け上がる黒猫。その視線は大空ネコさまたちの直中(ただなか)を向いている。
背中の傷をなめる巨大なスナネコ。そのかたわらに集まる大空ネコさまたち。その中でも頭ひとつ分大きなトラの、そのすぐ隣。それは二本足で立っていた。
ずんくりむっくりと熊よりおっきな毛むくじゃら。太いしっぽをブンブン振って、頬をもぐもぐさせている。口の端からはピリピリと黒い雷が漏れていて少しおっかないけれど、ゆるい円弧を描く太眉が、どこかマヌケで愛らしい。ただ、
『……か、神喰いの』
周りにいた神ネコさまたちは揃って凍りついたように固まっていた。
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