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『どうにかならんのか』
黒猫は鼻息を荒くして、狂った振り子みたいにしっぽを揺らしながら、どこへともなく問いかけた。その足元にある機械球からだろうか、
『分解が間に合ってないねぇ』
拡声器ごしの声はキャティのものだ。
『出力が問題か、ならば』
『それだけじゃないよ。仕組みがねえ』
『お前の手下は使えておったではないか』
『ありぁ、前回貰ったもんの力さ。応用するには“重ねる”ってやつの解明が必要だねえ。ま、強引に削り潰せなくもないんだが』
『そちらにばかり力を割くと……ということか』
『アンタが時間を稼ぐって手もあるにはあるんだがねぇ。ヒッヒ』
遠慮会釈のないキャティの声は、出かける相談でもしているみたい。ただ、会話は丸聞こえなのに状況がどこまでみえているのか分からないのが不気味だ。
『だめだ、やがて時がくる』
『だろうねぇ。ならあとは――』
にちゃり、と口の端の上がる音が耳に障る。
茶色いマイケルはクレーターに集まった細神たちを見ていたよ。彼らの放つほのかな輝きに、隣に立っている地核ネコさまも感心している様子。
細神たちは互いに芯を共鳴させ、“重ね”ることによって権能を緻密に操っているらしい。おかげで雷雲ネコさまは手が出せなくなっているという話だった。
『こんな力……』
右隣、大空ネコさまも身を乗り出して驚いていた。茶色いマイケルにはこれがどれほどの力か分からないけれど、“細神”とひとくくりにしていた神たちが持つには大きすぎる力なのだろう。派閥の神ネコさまたちの驚くさまもショックに近い。
『アイツら力は弱えーけどよー、扱いがうめーんだよなー。言ってすぐに出来たらしーぞー』
声は子ネコの左上からだった。
『風ちゃん』
地核ネコさまの背中にいたらしい。風ネコさまはクレーターに目をやりながら早足で宙を下りてきた。子ネコの肩まで来ると足を止め、気まずそうにソワソワしていたよ。大空ネコさまも落ち着かない様子だ。
そんな2つの視線が重なった。
じいっと風ネコさまが見つめる。すると大空ネコさまはしゅんと頭を低くした。その視線がチラっと上空の黒猫へと向いて、ゆっくりと足元の影へと落っこちる。そしたら茶色いマイケルの肩が2回、ポンポンとしっぽで叩かれた。その音を聞いてか小さな頭がぱっと上を向く。しばらく見つめ合ったあと、大空ネコさまのヒゲが持ち上がるのを見た風ネコさまは、満足そうにあくびをしたよ。
そのやりとりがどんな意味だったのかは分からない。ただ無性におかしくなって、茶色いマイケルは果実のマイケルを振り返って肩をすくめて笑ったよ。大空ネコさまにはあんまり落ち込まないでほしいな、なんて考えていた。そこにかけられた声だった。
「大空の神よ、話がある」
割って入った声は責めるように強くって、茶色いマイケルはなんとなくムッとしてしまう。いったい何を言うつもりだろう。そう思って子ネコの顔をまじまじと見たんだ。
すると集めた視線の中で、虚空のマイケルが言う。
「メンバー交代を申請したいのですが、宜しいでしょうか」
きょとん、とひどく間の抜けた音が、その場にいたみんなには聞こえていたかもしれない。
「当初のメンバーである小雨の神が相手方に食われてしまい、俺たちの足がなくなってしまいましたからね。もちろん、芯を使って宙を舞うことは出来ますが、どうにも速度が心許ない」
真面目な顔で肩をすくめるものだから、灼熱と果実が噴き出した。
「メンバー変更はレギュレーション違反かと思いましたが、雷雨の神もあのとおり、新たなサポートメンバーを味方につけておられるでしょう? ならば俺たちにも認めてはいただけないかと」
***
地鳴りが聞こえたのは一瞬で、変化はそのすぐ後に起こったんだ。
巨大クレーターの向こう側、シャベルでザクッと削ったような丘の手前に、地をつき破って飛び出してきたのはメガロ・カットスの大群だった。遠目にも傷だらけで、焼け焦げたり欠損した部分もあるけれどギラギラと周囲を照り返している。
『あいつら……あれで全部じゃなかったのか』
ボブキャットの嵐ネコさまがつぶやいた。
巨大メカネコの足元を見れば、神ネコサイズのメタル・カットスたちも群がってきているのが分かる。
『あの数、今の俺たちでは』
ちらりと感じた視線はネコを数えたものだろう。
と、その時だ。
バラバラバラバラ
土砂降りのような音とともにメガロ・カットスたちから黒くて細長い線が伸びだした。なんだ、と言っている暇はない。それはカマキリのお腹から出てきたサナダムシみたいにうねりながら上へ上へと伸びていき、機械球へと集まった。すごい数だ。うしろの丘が黒く隠れてしまっている。その先端から紫色の何かが溢れだした。
こぷっ、と音を立てて機械球へと注がれる。
次の瞬間、空がひび割れた。
黒猫の背景に、空を縦に裂く雷の幹が生えてきて、枝が、梢が、そこから伸び広がっていく。
一瞬、見間違いかと思ったのは、その雷が氷の色をしていたからだった。
天に向かって育った冷たい雷の樹は、黒猫の背負った淀んだ空に、キン、と固く冷たい音色を響かせた。
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