4-23:第1ポイント 森林地帯

***

「無事のようだな、茶色」

 やわらかな草の上で仰向けになっていた茶色いマイケルは、青く広がった空の片隅に灼熱のマイケルの姿を見た。

 紫外線ゴーグルをおでこに上げ、手でひさしを作って辺りを見渡している。いつもはボロボロの服を着ているんだけど、今回はゴルナーグラード教官ネコの言う通りに山の装備に身を包んでいたよ。ネコジャケットの肩口が動かしづらかったのか、念入りに揉み込んだらしい跡が残っている。

 茶色いマイケルは引っ張り起こしてもらい、「ありがとう、果実と虚空は?」と2匹の子ネコ探しながら尋ねた。

「湖の向こう側に降りたようでな、今向かってきておる。ほれ、あそこだ」

 示された右手側を見てみれば、キラキラと光る湖が眩しくて目を細めた。その先に2匹の歩いて来る姿があった。こちらに気付いたらしく、手を振られたのでそれに応えたんだけど、茶色いマイケルの目はすぐに別のものへと移ったよ。

 4匹の馬が湖の反対側を気持ちよさそうに駆けっこしていたんだ。

 若草色の草原と底の見えそうなくらい澄んだ湖、広大な青空を背景に、たてがみを風になびかせながら駆ける馬たちの姿を見ていると、しっぽがうずいてきちゃう。つややかなこげ茶色の肌がしなやかに波打つところなんて、目が離せなかったよ。

 動物がいるっていうのは授業で教わっていたし、映像も見せてもらっていたけれど、まるで知らない生き物を発見したのかと思うくらい鮮烈だった。

 よっぽど集中していたんだろうね、気づけば景色が変わっていた。馬たちは相変わらず駆けっこを楽しんでいたけれど、それを追って茶色いマイケルは左手側を向いていたんだ。

 気付いてしまえば見上げずにはいられない。

「あれが……」

 続く言葉は出てこなかった。灼熱のマイケルが隣に並ぶ。

「近くで見るとなお凄まじいな。ネコのちっぽけさを滔々と説かれているようだ」

 映像で見た近景とも、遠目に見た実物とも違う、目の前に聳える巨大な超自然に、茶色いマイケルのしっぽもヒゲも高ぶりを押さえきれないみたいだ。それと同時に、

 こんなの造っちゃうなんて……。

 今も山脈のどこかにいる神さまたちに対して、恐ろしい以上の何かを抱かずにはいられなかった。

***

 4匹が合流すると虚空のマイケルが山岳地図を広げたよ。

 この地図は特別製で、山岳特殊ネコ部隊で使う詳細な地図に加えて、感覚的にわかりやすいよう、映像が浮き上がる作りになっているんだ。広げると犬歯のような峰がぐわんと伸びてくるからビックリしちゃう。

「今いるのはこのニャンダル湖の山側だ。風が強かったらしく思ったよりも北側に流されている。とはいえ今日の目的地である第1ポイントには近いからむしろ好都合だな。先に山小屋へ向かう予定だったがこちらを優先しよう。湖をこう背にして、山の左手側、ちょうどあの森林地帯、あそこだ。あそこに一つ目の『神世界鏡の欠片』がある」

 山岳地図につけられた印と山とを見比べながら、虚空のマイケルがみんなに説明してくれた。

 神世界鏡の欠片はクラウン・マッターホルン全体に散らばったんだけど、大空ネコさまがいうには、

『一番高い山に大きな欠片が7つあるからそれを持って来てよ。他の細かな欠片は神世界鏡の力を使って後で集められるからさ』

 だって。だから茶色いマイケルたちはこの7つの欠片のある場所を、それぞれ第1から第7ポイントとして、回収の計画を立てたんだ。

 確認が終わると虚空のマイケルは、身体の半分ほどもある大きなザックを担ぎなおし、マイケルたちの先頭をサクサクと進んで行った。

 その歩みと同じように、最初の欠片はあっさりと回収できた。

 森の入り口へ着くなり果実のマイケルが、

「この装備を担いで森に分け入っていくのはぁ、ちょっとばかり無理があるんじゃないのぉ?」

 って言いだしてさ、

「そうだな。先に小屋に行き、森林探索用の装備だけに絞った方がいいかもしれん。蒸し暑い上に動きづらいときている。非常食が痩せてしまう」

 灼熱のマイケルも果実のマイケルのお腹を見ながら賛成したんだ。確かに重い装備を担いで森の中に入るのは難しそうだったんだよね。

 神さまの力が働いてるからかな、どんなに暗がりでも植物が十分に育っているんだ。真っ暗闇の中にひまわりが咲いているのを見つけたと言えば、普通じゃないっていうのが伝わると思う。

 そんな場所だからさ、植物も生えっぱなしで蒸し暑くて狭っ苦しいんだよね。茶色いマイケルも一度小屋に行って荷物を減らすことに賛成した。

 虚空のマイケルは「これから小屋に行って戻ってとなると、時間を食い過ぎる」って難しい顔をしたけど、ふとその目にひらめきを宿し、

「1匹、荷物番を立てよう。探索する匹数が減るのは少々痛いが、ここを拠点にできるメリットはかなり大きい。休憩もしやすいしな」

 と言って体の大きな果実のマイケルを荷物番に選んだんだ。

 この選択が光った。

 実のところ、山岳地図につけた印っていうのが大雑把でね、探索範囲はかなりの広さで半径200メートルくらいあった。鬱蒼とした森の200メートルを探すのは大変だ。だから休憩地点があるのはありがたかったんだけど、まさか一度目の休憩に戻った時に、

「ねぇ、オイラさぁ、一つ目の欠片見つけちゃったかもぉ」

 なんて言葉が待ってるとは思わなかったな。

「ただ待ってるだけっていうのもヒ……アレだからさぁ、お散歩がてら珍しい植物でもないかなぁって探してたら、ちょぉっと怪しいのがあったんだよねぇ」

 なんて照れてたけどお手柄だよ、果実のマイケル。さっそくその場所に行ってみれば、茂みの中に茶色いマイケルの身長くらいの欠片があったんだ。でかっ。

 4匹は大空ネコさまから神世界鏡の小さな欠片を一つ預けられていて、それに見つけた欠片を吸収するよう言われていた。

 欠片は力そのものだからね、本来は大きさも形のないんだ。念じるだけでシュッと吸い込んでくれたから楽ちんだったよ。これで持ち運びに苦労することはないね。

 神さまたちの持ち物だから取り扱いにはかなり神経を使っちゃうけど……虚空のマイケルが預かってくれてるし大丈夫でしょ。

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