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突然の夜。日蝕だろうかと空を見上げると星が出ていた。
舐めたら甘い味のしそうな星の海。
隣を見れば風ネコさまが、茶色いマイケルの耳に手を伸ばしたまま、氷像みたいにかちんこちんに固まっていた。風ネコさまだけじゃない。3匹のマイケルたちも、茶色いマイケルに追いすがるように手を伸ばして固まっていた。
中でも虚空のマイケルの周りはやけに賑やかで、さっきまで頂上にいたはずの小さな神ネコさまが3匹、まるで猛獣のように牙を剥いて飛びかかってきていたんだ。顔コワッ。顔なんてないけれど禍々しく歪んでいるのが見てとれる。あと一瞬でも固まるのが遅ければガブッと噛みつかれていたかもしれない。
今にも動き出しそうで怖かったから、茶色いマイケルは引き離そうとして近寄ったんだけど、その時、動くものを見た。虚空のマイケルの頭の向こうに光があって、その光だけがこの止まった景色の中で唯一、動いていたんだ。
「なんだろう……」
ずっと遠くの空から、鮮やかな緑色の光が、煙みたいにゆらゆらとこちらに流れてきている。緑光はあっという間に夜を覆いつくすように広がって、夜空に若草の草原を描いてみせた。
夜空の草原は、心地よさそうにそよそよと揺れて、
『可哀そうな子ネコ。こんなに傷ついて』
と言った。
それはまるで、氷の粒の擦れる音を間近で聴いているような声。どことなく風ネコさまに似ているけれど、それよりももっと研ぎ澄まされている。つい聴き入って、返事を忘れそうになったよ。
ハッと我に返った茶色いマイケルは、身体のあちこちを確認してからまた光を仰いだ。
「ケガなんてしてないよ。これは、服が破れてるだけ」
ネコジャケットの繕いあとを引っ張って見せる。すると、
『お前は自分の痛みに目を向けることさえ出来なくなっているんだね』
夜空の草原がシュッと一つの光にまとまり、緑色の光となって強く瞬きはじめた。
緑色はスッと流れて光の筋となり、筋から垂れこめた光が夜空に薄く幕を張る。光の幕はやがて、清風にさらされたカーテンのようにヒラヒラと星空の海でたなびいていたよ。それを見てようやく茶色いマイケルは、
「オーロラ」
という言葉に思い至った。
ゴルナーグラード教官ネコから受けた教練で、映像を見たことがあったんだ。「なんて幻想的なんだろう、いつか見てみたいな」って密かに思っていたっけ。
だけど今は違う。
これは神さまだ。
茶色いマイケルは空に向かって身構えた。灼熱のマイケルたちを背に庇うようにして立ち、口の奥からフシュー、と息を吐く。
そんなふうに警戒心をむき出しにした茶色いマイケルだったけど、
『ああ、怖い顔をしないでおくれ。とても悲しくなってしまうから』
と寂しそうな声で言われ、ぎゅっと胸が苦しくなった。
光はさらに形を変えた。煙に息を吹きかけたようにわっと広がったと思えば、またまた吸い込まれるように集まって、そうしてやがてネコになった。といっても小さな神ネコさまの姿じゃない。空いっぱいに映し出された神ネコさまだ。
『大丈夫、私はお前たちに害を加えない。導くために来たんだからね』
オーロラネコさまは真摯な声で言った。
「……導く?」
『そう、お前たちを導く。それが私の大事な役目』
「”お前たち”って、みんなも?」
『もちろんだとも茶色いマイケル。そうだ、他のマイケルたちにも話を聞かせてあげないと』
「マイケル……」
茶色いマイケルは名前で呼ばれ、不思議な気持ちになって口元でつぶやいた。ただ、
「「「「茶色ぉ!!」」」
と急に3匹が叫びだしたものだから、びっくりして考えていたことが吹っ飛んじゃった。しかも、
「「「あれ!?」」」
と絶句する3匹の姿を、さっきとは別の場所で見ているのは気が引けた。虚空のマイケルを助けようと移動して、さらにはオーロラネコさまから庇う位置に立っていたからね、さっきの場所にはいない。急に再生ボタンを押された子ネコたちが困惑を隠せないのも無理はない。
「こっちだよみんな」
声に、ハッと振り返った3匹の反応はそれぞれだ。
果実のマイケルは「なんでぇ!?」と茶色いマイケルが瞬間移動したことに驚き、虚空のマイケルは「ふおぁっ!?」と迫りくる3匹の神ネコさまを見て驚き、そして灼熱のマイケルは、
「茶色ぉ! 歯を食いしばれぇい!!」
と言い終わる前にはもう踏み込んで、やたらとフックのきいたネコパンチを茶色いマイケルにぶちかましていた。腕を思い切り振りぬかれたから子ネコはぶっとんだよ。
「く、食いしばってからにしてよっ!」
「馬鹿たれぇい! もう一発だ!」
「ひぃっ!」
『こらこら、ケンカはおやめ』
さらに踏み込もうとした灼熱のマイケルに向かってオーロラネコさまが止めに入る。突然上から呼びかけられたものだから、茶色いマイケル以外は毛を逆立てて跳びあがった。さらに3匹は空を見上げてもう一度たまげていた。
だけどすぐ、茶色いマイケルがそうしたように、果実のマイケルと虚空のマイケルは牙を剥いて空を睨んだよ。ただ灼熱のマイケルだけはアゴを引いて拳を握り、ぐっと何かを堪えていた。
神ネコさまを睨む子ネコたちと、子ネコたちに睨まれるオーロラネコさま。
そこに歯を食いしばる子ネコの姿が加わり、茶色いマイケルは何だかいたたまれない気持ちになった。オーロラネコさまの寂しそうな声を聞いたばかりだったしね。だから、
「大丈夫、だと思う。ちょっとしか話してないけど」
となだめるように言ったんだ。そこにオーロラネコさまが、『ありがとう、茶色いマイケル』と優しく言い足したから、子ネコたちも力を抜いて警戒を解いていたよ。
『お前たちには色々話をしてあげたいけれど、残念ながら世界に残された時間は少ないの』
わっ、と4匹そろって驚いたのは、身体が空に吸い上げられたからだ。
『これからお前たちを世界の大時計へと導くからね』
ふわふわと浮かび上がっていく子ネコたちの身体。
だんだんと神ネコさまたちから遠ざかって、それからたっぷり30秒は経ったかな。空ネコばりに目を大きく見開いた4匹のマイケルたちは、
「「「「世界の大時計!?」」」」
と、ぴったり揃って驚きの声をあげた。
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