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「え、世界が終わったって、どういう……」
茶色いマイケルは、”終わった”という言葉を聞いて頭が真っ白になっちゃった。なんでだろう、身体が小刻みに震えて強張るんだ。『ティベール・インゴット』を掲げたままの姿で、動けなくなってしまったよ。
すると真後ろにぐんと引っ張られた。あいだに入ったのは他のマイケルたちだ。3匹はシャーッと毛を逆立て、ビルみたいな巨躯と対峙する。
「貴様、なんの真似だっ!」
「良いフクロウを装っておいて……卑怯なっ!」
「ちゃ、茶色に手は出さしぇ↑ないぞぉ……!」
ホロウ・フクロウからすれば3匹の子ネコなんて豆粒みたいものだろう。だけどさ、今の茶色いマイケルにはとても頼もしく思えて、身体の芯から力が湧いてきたんだ。
茶色いマイケルは、慌ててティベール・インゴットを荷物袋にしまい込み、それからカッと目を開いてみんなと並んでホロウ・フクロウに牙を剥いたよ。
それを見たホロウ・フクロウおじさんは、
「まったく、呆れるほど遅い。遅すぎる」
と言って、ホーウ……と怒りにも似たため息をついた。敵意を感じなかったから、本当にため息だったんだと思う。ただのため息。それが空気をかき混ぜ気流を生み、子ネコたちの身体をぶわりと巻き上げた。長くは続かなかったからすぐにぐしゃりと地面に落ちたけどね。
「茶色いマイケル、失望させないでくれ。君は時の女神に言われたことをもう忘れてしまったのかい? あれだけ苦しくて辛い思いをしておきながら、どうしたらそう、物事を軽く考えられるのかな」
「軽くなんて、そんな」
「いいや軽率にすぎる。君たちも君たちだ、灼熱のマイケル、果実のマイケル、虚空のマイケル。どうして茶色いマイケルの不用意な行動を、動き出しの時点で止めようとしなかった。君たちだって一緒に聞いていたのだろう? あの方のお話を。ネコというのはそれほどまでに無責任な生き物なのかな? それとも子ネコだから?」
場が、重苦しい空気に包まれた。
それは決して、怪鳥の発する低い声のせいばかりではない。
子ネコたちの内側にある問題だ。
そうだ、と茶色いマイケルは時の女神さまに言われたことを思い出していたよ。この像は、決して他の誰かに渡してはいけないものだった。それを今、自分から捧げるように手渡そうとしたんだ。それはつまり、ホロウ・フクロウおじさんの言う通り……。
「今の君の行動が、どんな意味を持っていたのか、分かったかい?」
茶色いマイケルは、袋に入れ直したティベール・インゴットを抱え込んで座り直し、噛みしめるような長いうなづきで応えた。そして、その時にはもう分かっていた。ホロウ・フクロウおじさんの言いたかったことがね。
そう、ホロウ・フクロウおじさんは茶色いマイケルの差し出したティベール・インゴットには触れていなかったんだ。その上で、子ネコたちを叱ってくれていた。
その推察が正しかったというように、ピリピリするような威圧感がすっと無くなり、まるで水に浮かんだように身体が軽くなった。
「うん、それでいい。しつこいようだけれども、その分銅を誰かに渡してはいけない。どんなに信用できる者であっても、仲間ネコ同士であったとしてもね。もし少しでも触られてしまったら、その時点で今度は本当に世界が終わると、そう覚悟しておきなさい」
「……はい」
それからホロウ・フクロウおじさんは、「ケガは無かったかい」と4匹を吹き飛ばしたことを謝った。つい興奮して息が強くなっちゃったんだって。息ってなんだろう。
「さて、厳しいことを言っておきながら情けないのだが、ワシはしがない番鳥、入り口を守っているだけに過ぎない。君たちのこれからに助力する資格がないんだ。『あわあわの大渦』についても、時の女神さまのおっしゃった以上のことを話すことは出来ない」
4匹は誰からともなくすっくと起き上がり、正面に並んで立ったよ。ホロウ・フクロウおじさんはその姿勢と表情を見て「うん」とうなづき、
「だが、そんなワシにも君たちに教えてあげられることがあるようで何よりだ」
と微笑んだ。
「あわあわの世界に行った君たちは、ある大きな流れにのまれることになる。それは避けようのない流れであり、時には理不尽ともいえるような波が襲ってくることだろう」
「理不尽……」
のどを鳴らしたのは1匹じゃなかったよ。それは、ついさっきまで茶色いマイケルたちを苦しめていた”力”なんだからね。
「波は大きく、思ってもみない方向へと君たちを押し流すはずだ。だから、それを乗り越えるためには揺るぎない道しるべが必要となる」
「それは、何なんだろう」
「『星の芯』だよ」
ホロウ・フクロウおじさんは即答する。
「星の、芯……」
「そう、この世界の裏側にあってなお、事象の中心にある『星の芯』を目指しなさい。そこにある秤に『ティベール・インゴット』を置く、それが君たちに託された使命だ」
その瞬間、茶色いマイケルの頭の中に大海原が想い描かれた。
空で見た『雷雲の海』とも『青空の波』とも違う、未だ見たことのない、そもそも本当に海かどうかも定かではない、見果てぬ世界だ。
見渡せども見渡せども心休まる場所はなく、いつ辿り着けるかも分からない場所を目指して進んで行く4匹の子ネコたち。
手にした羅針盤はたった一つ。
だけど、「それさえあればいい」と力強く言って、はるか遠くのただ一点を目指して進む自分たちの姿がそこにはあった。思い浮かべただけで身震いしてしまう。
世界がどうにかなっちゃうかっていう大事な時だけど、この気持ちばっかりは止められないみたいだ。子ネコだし!
「きっと厳しい道行きになるけれど、心の準備はできているかい?」
茶色いマイケルは誰よりも先に力強くうなづいたよ。
この冒険だったら、きっと……!
そうして心の中に、大切なネコの姿を思い浮かべた。
するとホロウ・フクロウおじさんは、その巨躯からすればとても小さな厚紙を爪でつまんで、子ネコたちの目の前に差し出した。
「じゃあこれに名前を書いてね。はい、ペンも」
「え、名前!?」
「そう、参加者名簿つくるから」
「さ、参加者名簿ぉ!?」
「うん、仕事なんだ」
「し、しご……なるほど、思いのほか実務的なのだな」
「ワシ、番鳥だからね」
「ううむ、手際がいいな……。責任感が身に染みついておる」
茶色いマイケルと灼熱のマイケル、それから虚空のマイケルがそれぞれに名前を書くのを見てホロウ・フクロウおじさんは、
ホーウ、ホーウ
と何やら満足げにうなづいていた。身体が大きいからちょっと動いただけで結構な風が吹いて、正直書きづらい。せめて黙っていて欲しい。
ただ、果実のマイケルの手が動いていなかったのは、別に風が原因というわけではなかったみたいだ。真っ先に気付いたのは虚空のマイケル。
「おや? どうした果実。書かないのか?」
「ククク、脳がペンをスプーンだと錯覚してしまい、腹が減って動けなくなったのかもしれんな。なんと燃費の悪いことよ。悲しきは豚猫の性」
「そうなのか? 果実」
「真に受けないでよ虚空。でもホントどうしたの? お腹すいた?」
「お前も大概だぞ茶色」
緊迫感も薄れ、徐々にいつものやりとりに戻っていく3匹のマイケルたち。
そんな中、果実のマイケルのその一言は、薄いガラスのコップに熱湯を注ぐようなものだった。
「オイラ、行くのやめようと思う」
茶色いマイケルの耳に、ピシッ、とヒビの入る音が聞こえた気がした。
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