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その『巨大スラブ』に乗っていたのは『マタゴンズ』だけじゃなかった。岩にびっしりと生えた苔みたいに、大勢のネコたちが乗っていたんだ。
「いかん、またぶつかるぞ!」
一度ぶつかって離れた巨大スラブはまた、子ネコたちの乗るスラブにその突端からぶつかってきた! おしりを押されたスラブはたちまちのうちに加速に巻き込まれ、厚い空気の壁が子ネコたちを圧迫してくる。茶色いマイケルはひき剥がされてしてしまいそうになりながらも、足元にへばりついた。
「振り落とされるなよ!」
虚空のマイケルが苦しそうに声をかける。余裕はなさそうだ。
だけど巨大スラブの速度に慣れていたネコたちにとっては、ほんの少し減速しただけに過ぎなかったらしい。そっちを見ればマタゴンズを中心に、わらわらとネコ影がつめかけてきているところだった。
まずい、乗り込まれた!
「ぃよっしゃー、一番乗りぃ! お前ら俺に感謝しろよー!」
その声に茶色いマイケルの耳がヒクヒクっと跳ねる。
だれだ、トムとチムじゃない。
フードのネコでもないし、運転していた白ネコでもないだろう。そのネコはやたらと足が速く、茶色いマイケルたちとの距離をあっという間にネコダッシュで詰めてしまった! そして、
「特別賞ゲットォォォ……ォォオ!?」
と叫んで――……叫びながら、流れるスラブの彼方へぴゅーんと飛んで行ってしまった。
は? と言う声の聞こえてきそうな静寂。
間をあけず、ネコ集団の中に動揺が広がっていく。その焦りは、距離のある茶色いマイケルたちにまで伝わってきたくらいさ。いや、そうじゃない。集団の視線が1匹に注がれているんだ。
ゴツッ、ゴツッ、ゴツッ。
固い拳を打ち鳴らす音がして、
「死にはせんらしいからな。容赦もせんでいいだろう」
ふつふつと滾る熱湯のような声が続く。さらに、
シャー!
身震いしそうなほど鋭いネコの威嚇音が響き渡った。灼熱のマイケルだ!
灼熱のマイケルは、茶色いマイケルたちが岩にへばりつく中、余裕しゃくしゃくといった様子でその場に立っていた。
「5千匹くらいはおるか。ちと少ないな。どうせなら1万匹おるうちに片っ端からのしておけばよかったわ」
戦闘狂ネコみたいなことを言って「ククク」と笑う子ネコ。ホントにやりそうだ。茶色いマイケルたちからしたらそれはとっても心強い言葉だったよ。だけど、あちらはあちらでその言葉で正気を取り戻したらしい。
「……なんだあのイキリチビネコ、何をしやがった!」
「いや、さっきのあいつが勝手に吹っ飛んだだけだろう」
「そうだ、ただ突っ立ってるだけのガキネコにビビってんじゃねー!」
「ふざけるな、ビビッてなんかねーぞ! やってやる!」
集団から動揺が失せていき、同時に火がついた。ネコたちはその火を自ら煽るように「にゃあああああ!」と雄叫びを上げながら子ネコたちに迫ってくる。
「時間を稼ぐ。その間にこの速さに慣れておけ」
灼熱のマイケルは子ネコたちにだけ聞こえるくらいの小声で言い、それから、
「今すぐ参加賞(ハンカチ)の欲しい奴はかかって来ぉい!!」
と、大砲みたいな声を放って飛び出した。
ドゥオォン!
後を追いかける音。次に見えたのは、ネコ集団から立ちのぼった青色の土煙だ。その青に紛れてネコたちが激しい火花のように散らされていく。「ニャアアア!?」「ニョアアア!?」「フギャアアア!?」と判で押したような悲痛がこだまする。
「子ネコを寄ってたかって狙う恥知らずの成ネコどもめぇ! その腐ったネコ根性を叩きのめしてくれるわぁ!」
次から次へとあがる土煙の下には常に、子ネコの高笑いがあった。これには、
「……あいつぅ、時間稼ぎとか言ってたけどぉ、全部やっちゃうんじゃないのぉ……?」
と、果実のマイケルもドン引きだ。だけど茶色いマイケルは小声で言う。
「ううん、あんまり長くは持たないと思う」
誰が聞いているか分からないから言葉には出せないけれど、灼熱のマイケルは体力が無いんだ。修業はしていたみたいだけど、途中で苦しくなってくるだろう。だから”時間稼ぎ”って言っていたに違いない。
「今のうちにどうするかを考えないと」
「しかし俺たち3匹が加勢したとして、どれほどの力になるというのか」
「だねぇ。認めるのは癪だけどぉ、これに関してはオイラ、足を引っ張るところしか思い浮かばないよぉ」
『え、ネコってみんなあんなふうじゃねーの?』
「「「ムリ」」」
綺麗に揃った声を受けて風ネコさまは、
『へー、じゃーアイツ、ネコの中じゃーすげーんだなー』
と灼熱のマイケルにキラキラした目を向けた。
何気ない一言だったけど、仲間ネコを神ネコさまに褒められたからかな、茶色いマイケルの中で走り回っていた”焦り”がすんと落ち着いた。それは他の2匹も同じらしく、顔にそう書いてある。
そうだ、出来ることをすればいい。
考えがシンプルになり頭がすっきりしてくると周りの景色がよく見えてくる。3匹は互いに視線でものを言い合い、それから
「ならば灼熱をサポートしつつ」
「あれだねぇ」
「うん、ぎりぎりまで気づかれないように」
と出方を決めた。
『おー、なんか思いついたみてーだなー、オレにも教えろよー』
風ネコさまはぴょんと子ネコたちの前に出てきて、好奇心のままにウキウキと踊り、しっぽをぶりんぶりん振っていた。
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