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鋭い爪が目の前をかすめる。
風が生まれ、吸い込まれそうになるのを堪えて後ろに跳んだけれど、燃える炎の子ネコはすぐさま追いついてくる。さらに加速したストレートネコパンチは、茶色いマイケルをわずかにそれて樹の腹をえぐった。クマでもここまでの傷は残せないだろう。
「逃げ虫がっ」
「言ってなよ」
地面を斜めに蹴り、樹の腹に両手両足をついてぐっ、と力を溜め込んでから強力なバネのように跳ぶ茶色いマイケル!
驚いた目が開く。そしてそれよりも早く、勢いのついた茶色いマイケルのネコキックが遠心力でもって横腹を払った。右に吹き飛ばされた燃える炎の子ネコが腐葉土の上を滑っていく。
さらに樹の腹で力を溜めて飛びかかったんだけど、そこで迎え撃たれた。カウンターネコパンチ。
すれ違いざまにお腹を打たれたものだからたまったものじゃない。完全に勢いを殺された茶色いマイケルの身体が くの字 に折れ曲がる。そこへしっぽでの足払いを受け、逆さまにされて顔から地面に落ちていく。
慌てて両手を地面についた。肉球で衝撃を和らげることはできたんだけど、そこから先はやっぱり劣勢だった。
風が荒れるほどの追撃の中、紙一重で逃れるのが精いっぱいなんだ。うまく樹に着地できても反撃する余裕はなく、逃げ続けることしかできていない。
時々、チャンスはあるんだけどね、身体がついてこないんだ。
だんだん際どく、攻撃がかするようになってきた。肉球が汗でぐっしょり湿ってきもちわるい。
「くっ!」
いよいよ決定的な一撃を受ける、その瞬間、茶色いマイケルは地面をひっかいた。
凸凹になっていた柔らかい地面をひっ掻きあげて、空中に腐葉土をばらまいたんだ。目くらましとしては十分な量!
「なっ」
驚いたのは……茶色いマイケルの方だった。
燃える炎の子ネコは小刻みに、身体を前後左右に揺さぶっては、小さな土の粒を最小の動きで避けている! しかも進んでくる!
俊敏な小動物、というよりは高速で這いずる虫のような動きに、肌が粟立ち 毛が逆立った。
ゴツゴツした拳が茶色いマイケルの視界いっぱいに広がる。
ガクン。
音が聞こえそうなくらいに急な減速。それを茶色いマイケルは見逃さない! 後ずさった足で地面を強く蹴り、身体全体のバネを使った勢いを、蹴り脚にすべて乗せた。
カウンターネコキックが、燃える炎の子ネコにヒザをつかせた。
それと同時に茶色いマイケルが地面にぼたりと崩れる。糸の切れたおもちゃみたいに、全く力が入らなかった。
はぁはぁはぁはぁ……
地面に伝わる荒い息。それを自分の耳で聴く。うまく焦点の定まらない目で、燃える炎の子ネコを探し当てると……。
やっぱり……。
すでに立ち上がっていた。しかも肩を怒らせた猫背だ。
いくらかダメージはあるみたいだけど、ここまでかな。あれはネコ本来の姿勢だからね。ネコにはネコの力の出し方があるのさ。それをあの強い子ネコが使ったなら……。
茶色いマイケルは、最後は目を開けたままでいたいと思った。
どんな風に自分が負けるのか、せめて覚えていたいってね。
ふっ、と肩の力が抜け、笑みがこぼれたよ。
それは、この後のことを考えて浮かんだ、とても優しい笑みだった。
燃える炎の子ネコが両手を前に出し、四つん這いになる。おしりを高く上げて勢いをつけると、
ピュンッ
当たり前のような高速で、茶色いマイケルに飛び掛かった。
それが届けば、きっと気絶していただろう。下手をすれば何も覚えていなかったかも。
だけどね、そうはならなかったんだよ。
燃える炎の子ネコは潜り込むように、腐葉土の中に身を沈めた。
空に散った土くれが、霰みたいにパラパラと降り注ぐ。
こんもりと盛り上がった土が、ぜぇぜぇという息に合わせて、素早く上下していた。
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