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茶色いマイケルは走り出していた。
頭の中はグチャグチャなままさ。ただチルたちの顔が頭に浮かんだんだ。
子ネコらしく明るくて、ちょろちょろしてて、そっくりの顔で同じような動きをする5つ子ネコ。いつも「茶色いマイケルお兄ちゃん」と慕ってくれる、弟ネコみたいな、友ネコたち。その匂いを吸い込んだとき実感が湧いた。呆けるばかりだった茶色いマイケルに血が通ったんだ。
血が通って、そして滾った。
地面に這いつくばり、爪を立て、背中を怒らせて、土を蹴り飛ばす。ネコダッシュ――ピュゥッと風を切る音が耳をかすめ、それを置き去りにして駆けていく。
急いではいなかったのだろう、背中はすぐに捉えた。
茶色いマイケルは後ろ足を引きずるように滑らせながらザザザッと円を描いて回り込み、湿った土煙を立てて真正面からその瞳を見据えた。
「ほう」
フクロウじゃないよ。燃える炎の子ネコさ。
威風堂々という言葉がよく似合う、ゆったりとした動きで、目の前に躍り出た茶色いマイケルを見据える。通りすがりの風に揺れる長い毛は、強風をものともせずに猛る炎だ。
「なんだ、物言いたそうな顔をして。またワシが代弁してやろうか」
右ヒゲを持ち上げゆがめた顔は、笑っているのに噛みつくようで、背筋に悪寒を走らせた。口元を絞る茶色いマイケル。
「やめさせにきたよ」
「笑わせに来たの間違いだろう。芸でもして見せるか? すまんがマタタビは用意していないがな」
「これ以上は進ませない。ここから先は秘密基地なんだ。秘密基地にはだれも入っちゃいけない」
「それはスノウ・ハットでの話だろう。ワシはよそから来たネコ。約束とやらを守らねばならぬ道理はない」
「あるさ。ううん、なくってもいい。ここは大事な友だちの、大切な場所なんだ。知ってて誰かを立ち入らせるもんか。それがボクたちスノウ・ハットの子ネコだ」
「ふん、くだらん」
言葉が早いか、茶色いマイケルは吹き飛んだ。
背中に大量の砂利を投げつけられたような痛みを感じ、直後、木に打ち当てられた。声にならない声が喉元からこぼれると、唾液か胃液か分からないものが、土の上にぴしゃっと撒かれた。
突き飛ばされた……!
遅れて胸の骨に、鈍い痛みが圧し掛かる。じわじわと締め付けられるように後から後から痛みが重くなっていく。なんとか地面に立つことはできたけど、背中を樹に支えられてようようという感じだった。
大きく振れている枯草の向こう側、揺るぎない歩みで迫りくる子ネコを見て、身が縮みあがりそうになる。でも噛み殺すっ。
燃える炎の子ネコがかすかに目を見張った気がした。
「まだやられ足りないようだな」
ズンッ……
奥歯の震えるような鈍い音だ。
一息のうちに距離を詰められ、視界が炎でいっぱいになった。小さな体がギュンとねじれたと思えば、肉球が茶色いマイケルのお腹に向けて真っすぐ突き出された。
「んっ!」
寸前で腰をひねって避ける。背にしていた樹の固くなった皮でおもいきり身体を擦った。
間を置かず空気が揺れた。
肉球の直撃した木がプリンみたいにプルンプルン揺れたんだ。その振動が根っこを伝い幹におよび、枝を伝い葉を伝い頬のヒゲを伝って頭に響く。
弾かれるように後ろに跳んで距離を作ったけど、息つく暇はない。トトン、と軽い音がしたと思ったら今度は風が迫ってきた。爪だ。
これは危なかった。毛をかすめるほどに肉薄され、身を大きくえぐられそうになりながらもどうにか躱す。生きた心地がしない。すれ違いざまに、
「ボクだってネコさ!」
って苦し紛れに言うと、
「ならば圧倒してやる!」
と笑うように激しい声が返ってきた。そして上下が逆さまに入れ替わる。
空と地面が地面と空で……あれ?
ひっくり返った茶色いマイケルは、床に落としたレアチーズケーキみたいに首から地面にぐしゃりと潰れた。膝小僧がほっぺを強く打ち、口の中に鋭い痛みが広がる。切れたみたいだ。血の味もする。
目を回しながらも燃える色を探すと、ビュンビュンと風を切るようにしっぽを振り回す姿があった。
「そん……しっぽで!?」
茶色いマイケルはさっき、空中に浮かんだ瞬間に足を払われたんだと気付いた。すぐに起き上がろうとして、ガハゴホと咳込んでしまう。
「これで分かっただろう。貧弱なお前ではワシを止めることはできん」
鷹揚な歩みには傲慢さがありありと見て取れた。そして燃える炎の子ネコは言うんだ。
「ワシと比べてしまったのだろう? 身の程を知りもしないで」
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