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「ワシの国に伝わってきた話だから、お前の知っている話とは違うかもしれない。もし違っていても気を悪くしないでほしい」
そう断ってから燃える炎の子ネコは話をしてくれた。氷の神殿の中で、ご先祖ネコ様の氷像を見ながらのことだよ。
「スノウ・ハットに来たネコ、お前たちの言うところのご先祖ネコ様は元々、もっと暖かいところから来たネコなのだ。乾いた砂があって、水もあまりないような土地のな。
そこで何があったのかは分からない。同じ時代の文献には、疫病や圧政、終わらないネコ戦争など、様々な厄災が描かれているものの、それがこのご先祖ネコ様の身に降りかかったとは言い切れぬからな。
言い切れるのは一つだけ。ご先祖ネコ様は故郷を離れ、この雪と氷の土地に辿り着いたということだけだ。
険しい旅だったらしい。途中で何匹ものネコが疲れてうずくまり、あるいは寝ころんだ。旅は一向に進まず、このままでは持ってきた食糧も尽きてしまう。そうなればまとまって暮らすだけの力はなくなり、みんなバラバラになってその辺で生きていかざるを得なかっただろう。
そんな時に風が吹いた。ひんやりとした風だった。
夜の砂漠でも、湖のほとりでも感じたことのない、乾いているのに水気を感じる不思議なつめたさ。
ネコたちは二本足で立ちあがり、鼻をひくひくさせた。群れの主は仲間たちの心を一つにまとめ、風の流れてきた方向を割り出し、そしてついにたどり着いたのが、この雪と氷の大地だったというわけだ。
輝く白銀の世界。
単調で、しかし力強くそこに存在している幻想的な風景。
それはそれは興奮しただろう。なにせ灼熱の砂漠でしか暮らしたことがなく、ここへ来るまでに通った国は、どちらかといえば彩りに溢れていただろうから。
ネコたちは荷物を置いて駆けだした。白く冷たい、触れれば溶けてしまう砂のようなものの中を、泳ぐようにかき分けた。全身の毛のすみずみまでを浸し、あるネコは地形に沿って滑り、あるネコは埋もれ隠れて他のネコを驚かせた。口にして、舌の上で溶かして飲むネコもいた。
どのネコも笑っていた。
耳が、鼻が、ヒゲが、しっぽが、毛が。
その白銀の世界を、喜び遊んでいた。
そうして幾日かを遊び尽くした日のことだった。
何匹かのネコが熱を出したのだ」
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「ネコたちが寝込んでしまった原因は、ふつうに風邪だった。
当然だな。暑い国の装いで、外からも内からも体を冷やし続けたのだから、免疫力も抵抗力も落ちてしまう。いくら細菌の繁殖の少ない寒い土地だったとしても、元々身体の中に潜んでいれば話は別だ。病気は瞬く間に広まった。
ネコたちは寝食も忘れて白い砂――雪 と戯れていたので、寒さを凌ぐ場所を用意していない。なんとか見つけたのが、大樹の洞だ。
大きな木にぽっかり空いた穴。ほどよく湿ったその穴の中は外に比べて暖かく、ネコたちは身を寄せ合って暖をとることができた。これでひとまずは大丈夫だと思った。
しかし何日もそうしているわけにはいかない。
ひとたび実感してみると寒さは厳しい。外は吹雪き、足跡は埋もれ、入り口からもじりじりと冷気が伝わってくる。病ネコの体力を回復させるためになけなしの猫缶を与えてはいるが、それも残りが少ない。
補給の当てのない暮らし。
それでも成ネコは耐えられた。これは自分たちの選んだ道で、素晴らしい場所を見つけた達成感もある。たとえここで命が尽きようとも後悔などないとな。
だが子ネコたちはそうもいかない。遊びを取り上げられ、食事が減り、成ネコたちの顔からは精気が失われていく。
できるのは泣くことくらいだったのだ。
凍える夜に、もの悲しい子ネコの鳴き声が響きわたり、雪の下に沈んでいった。くる日も くる日も子ネコの泣き声が雪の下へと沈んでゆく。
いよいよこれで最後かと思った時、
『子を泣かせるでない』
声がした。この世のものとは思えぬ、高く、澄んだ、氷のようにうつくしい声だった。
ネコたちはこぞって洞から顔をだすが、目に映るのは雪の世界だけ。だれだ、どこからだ、と疲れも病も忘れてきょろきょろと声の主を探したのだ。すると、
『おぬしたちは遊んでおったのではないのか』
再び声が響きわたる。今度こそ音を捉えたネコたちの耳。しかしネコたちはその耳を疑った。
声は雪から聞こえていたのだ」
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