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雲塊に向かって跪く虚空のマイケルを、責め立てる時間は十分にあった。
未だ雲は、暴風の中の樹木みたいに揉みくちゃにされて、形を決められないでいたんだからね。
問い詰めたり咎めたりしなかったのは、しても意味がないと分かったからなんだ。あんなのどうしようもない。抗うなんて出来なかっただろうって、膨らんだ全身の毛がそう言ってる。ヒゲなんて千切れて飛んでいっちゃいそうだ。灼熱のマイケルを100万匹集めたとしても一撫ででねじ伏せられるに違いない。
ブツリ、と音がしそうなくらい急に、風が止む。
鼓膜を直接殴られたみたいな、音のない音。
雲は、不安定に歪んだまま形を固めた。
たっぷりの絵具をぶちまけたような青空が、その雲を塗りつぶしていく。
生乾きの油絵を、目に見えない無数の手がぬちゃぬちゃとかき混ぜるところを頭が勝手に思い描いていた。だからだろうか、アハハ、アハハハハと、無垢で無邪気な笑い声まで聞こえる気がした。
状況が違ってたら微笑ましいと感じていたかもしれないね。だけど茶色いマイケルたちはその場所にいるんだ、真っ青なカンバスの上にさ。
巻き込まれないって誰が言えるだろう。
一緒くたに塗り潰されることはないって、誰が言えるだろう。
やがて青空に浮かんだ歪な雲は跡形もなく練り込められてしまい、残された色だけが激しく混ざり続けている。渦を巻くように、色と色とが食い合うように、捻れていく。
捻れは一点に収束した。
それは言った。
『おまえたちに命じる』
真夏の日差しを束ねて放てばこんな音になるかもしない。耳鳴りしそうな鳴音。なのに言ってることだけは怖いくらいはっきりと伝わってくる。
『殺せ』
言葉の塊が飛びかかってきてガンと重たく頭を揺らす。
『殺せ』
荒く削った木片で、脳を引っ掻かれる感覚。震えの止め方がわからない。
『大空を穢す者どもを殺せ』
その瞬間、真っ黒な廃液を目玉から無理やり流し込まれているようなイメージが浮かんで茶色いマイケルは吐いていた。
『大空に巣食う悪神どもを打ち滅ぼせ』
ビシャビシャという音は足元だけじゃなく他の子ネコたちのところからもが聞こえてきた。小さな呻き声は果実のマイケルのものだろう。前にいる虚空のマイケルすらも苦しげに唸っている。
茶色いマイケルは足元に吐き出された汚物を見ながら、流し込まれたイメージを頭の中で読み上げた。
『流れの神』『雷雲の神』『霧の神』『蒸気の神』『星屑の神』『礫の神』『つむじ風の神』『林の神』『小川の神』。
『風の神』『時の女神』『オーロラの神』。
そして再び声が、
『殺せ』
と茶色いマイケルたちに命令を下した。
『殺せ。殺せ。大地の神を。殺せ』
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