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「『信頼の鎖ネコシステム』とは、空に住まうネコたちの言動の全てを、それぞれの『ネコ精神体』に記録として刻み込む仕組みだ」
「さっきも出て来たけど、その『ネコ精神体』って何だろう?」
「難しく言えばキリのない話だからな、”心”とでも思っておくといい」
茶色いマイケルの質問に答えてくれたのは、灼熱のマイケルだった。
「つまりぃ、心のメモ帳みたいなところに全ネコの行いをメモしておくってことだねぇ。でもさぁ、それっていいことあるのぉ?」
果実のマイケルが虚空のマイケルの話を促す。
「そうだな、まず空では嘘がつけなくなる。ひとたび嘘をつけば、ネコ精神体に刻まれた記録との差異が検知され、たちどころに全ネコに知れ渡るんだ」
「全ネコにぃ?」
みんなに嘘がバレちゃうなんて、そりゃあ嘘なんてつけないね。
「そうだ。元々、空ネコの耳は大気との親和性が高く、些細な音の変化や遠くの音まで聞くことが出来るから嘘や陰口には敏感なんだ。それが記録に残るというのだからいよいよ嘘のつけない国となった」
その説明に首を傾げたのは灼熱のマイケルだ。
「嘘のつけない国というのはわかった、が……それがどう『空の平穏』と繋がるのだ? ワシからすれば窮屈この上ないのだが」
すると虚空のマイケルは少し俯いてフフッと笑った。
「何かおかしなことを言ったか?」
「気にしないでくれ。方向性は違うが俺も似たようなことを考えていたことがあったのでな。それより『空の平穏』とどうつながるのか、だったな。この『信頼の鎖ネコシステム』の偉大なところは、取りこぼされるネコが出ないというところなんだ」
「取りこぼされるネコ?」
「先ほど『信頼の鎖ネコシステム』は、”全ネコの全言動”を”全ネコのネコ精神体”に刻むと言っただろう。これはつまり、困っているネコがいれば他のネコにも分かるという事なのだ。もちろん困り具合によってフィルターはかけるがな。誰かが孤独に震えていればそれが全ネコに伝わる。それだけのネコがいれば、少なくない数のネコが寄り添ってやれるからな」
「それはすごくいい考えだね!」
茶色いマイケルが思い浮かべたのはシロップ祭りのことさ。よそから来た子ネコをスノウ・ハットの街のみんなが助ける姿が懐かしくなっちゃった。孤独なネコをつくらないようみんなが気を配って、しかも心から心配して助けに行けるなんて良い仕組みだなぁ。スノウ・ハットもこうなればいいのに。
「しかもこれにはポイントが付く」
「ポ、ポイントぉ!?」
「フフッ、少し打算的な話になってしまうがな。『信頼の鎖ネコシステム』には『幸せネコポイント』という仕組みもあって、例えば果実のマイケルがの灼熱マイケルを助けてたとしよう」
ブハッと灼熱のマイケルが噴き出し、果実のマイケルがジト目を向けた。
「もしそれで灼熱のマイケルが幸せを感じると、自動的に果実のマイケルに対して『幸せネコポイント』が加算されていく。これが貯まっていくと」
「何かと交換できるってわけだねぇ」
「ククク、ありえん想定だがな」
だけど虚空のマイケルは首を横に振った。てっきり果実のマイケルの言った通りだと思っていたから、3匹してしっぽを傾げたよ。
「少し違うな。得られるものはあるが、物ではない。『要望をみんなに聞いてもらえる権利』だ」
「ん? 聞いてもらうだけなの?」
「そう、要望が叶えられるわけではなく、ただ聞いてもらうだけ。つまらないと思うか?」
虚空のマイケルは「どうだ?」という目をしたけれど、茶色いマイケルにはうまく想像ができなかった。つまらないってことはないけど……。
「オイラはぁ……ちょっと分かるかもなぁ。全ネコに聞いてもらえるんでしょう? もしかしたら叶うかもしれないしねぇ」
「それはワシが全力で阻止してやるから安心せい」
「まぁそういう事だよ。自分の意見を全ネコに向けて発信する。するとどこかの誰かがそれは良いと感じるかもしれない。その誰かは要望を実現できる力を持っているかもしれない。しかもだ、要望を発信したのが『幸せネコポイント』を貯めたネコというのが大きい」
「そっか、良いネコだってみんな知ってるんだね」
「なるほどな。良いネコの意見には信がおける。私利私欲に走り、どこまでも肥え太ろうとする豚猫の意見とは違ってな」
ちょっとぉケンカ売ってるぅ? と果実のマイケルに突っつかれる灼熱のマイケル。まったくこの2匹は困ったものだね。そう思いながら虚空のマイケルを見たら不思議な顔をしてたよ。困ったような、どこか遠いところを見ているような、そんな顔。茶色いマイケルの視線に気づくと軽く微笑み返してたけどさ。
「そこでも”嘘のつけない仕組み”が効果を発揮する、ということか」
茶色いマイケルは少し「うーん」と考えて、果実のマイケルを見た。
「『オイラは幸せネコポイントをたくさん貯めたネコです』っていうウソをつけなくなるんだよぉ。ポイントを貯めたネコは大空の神様のお墨付きってわぁけ」
あーなるほど、と納得。それを見て虚空のマイケルも説明は出来たと思ったみたいだ。
「『信頼の鎖ネコシステム』について、大体のところは分かってもらえたようだな」
3匹はそれぞれにうなずいた。大体は分かったからね。全部じゃないけどさ。
「そのシステムがある日突然、空から失われた」
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