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『場が荒れる? 今以上にか』
白い群、クロヒョウたち、そして雲派閥。集まった神さまたちを代表してウンピョウの『雲ネコさま』が尋ねる。もちろん茶色いマイケルたちも聞いていた。
鬼ネコ面のリーディアさんは、クリーム色のしっぽを円を描くように揺らしながら「そうよ」とうなづいた。
『何か確信があるのか』
「いいえ、勘」
バカにするネコは1匹もいない。
「ずっと気になっていたことがあるの。簡単に経緯を話すわね」
宿場町パティオ・ゼノリスで子ネコたちと別れたあとのこと。
リーディアさん、サビネコ兄弟、マタゴンズたちは、ネコゲリラ戦を展開していたという。数の不利を補うため、“キャティに使い潰されていたネコたち”に、ネコソルジャー・デスの制御方法を教えたらしい。
「みんな優秀よ。それに、“あっち”も早い段階でよかったわ。ネコソルジャー・デスがもしもネコ救世軍に全て取り込まれていたらこうはなっていなかったでしょうね」
周りでメカネコを追い払っている『護衛ネコ』たちを手で示したあと、超巨大スラブの上で踊っているサビネコ兄弟たちの方へと軽く頭を傾けた。
「しかしあの数だ、容易に相手出来たとは思えんが」
踊っているネコソルジャー・デスは、ざっと数えただけでも300体。対してネコたちはマタゴンズを数に入れてもそれ以下なんだ。『大通り』での戦いを見た限り、すんなりいくとは思えなかった。
「実はね、ネコソルジャー・デスたちを味方にしていく中で『全体脳』とでも言うべき存在に気づいたの。命令を出す隊長ネコみたいなものね。2匹はその全体脳に対して『芯の共鳴』を行ったのよ」
「芯の共鳴?」
話によると、1匹で空に浮くための『個の芯』、スラブを操縦したりネコ・グロテスクたちを昇天させる『共の芯』の他にも芯には使い方があって、それが『芯の共鳴』なのだという。
それは自分以外の誰かに対して“自分の感覚を伝える”ことができるのだとか。これによって、ネコソルジャー・デスを仲間にする方法を他のネコたちに伝えたり、『全体脳』を味方につけたりできたのだとリーディアさんは言っていた。
「なにも難しいことじゃないわ。相手と向き合って、説明を尽くしたり、『私についてきて』と手本を示したりするのと同じよ」
ただね、とサビネコ兄弟を見遣る。
「『全体脳』は何百、何千、何万という意識が集まったものなの。それをたった2匹で説得したようなものだもの、苦しかったはずよ。私たちも手伝うって言ったんだけど」
2匹はそれを断ったという。
「うまくいったからいいけど、無茶するわよね。終わったあと大泣きしていたわ。どうしてかは教えてくれなかったけど、きっと“中のネコたち”の意識に触れたんでしょう。私もその意識に軽く触れたからなんとなくわかるわ。純粋だもの、私なんかよりよっぽどね」
それを聞いて灼熱のマイケルが小さく「そうか」とつぶやいた。
「それからは一気に巻き返したわ。“あの子たち”ってばマイケルくんたちに負けず劣らず物覚えがよくって、芯のとり方もすぐに覚えちゃったんだから」
「えぇ……オイラ負けた気しかしないんだけどぉ」
茶色いマイケルもだった。
「その後よ」
声に緊張感が宿る。
「撤退していくネコ救世軍に、追撃をかけようとしたところだったわ。大通りに大空の神さまたちがやってきたの」
「大空ネコさまが?」
「ええ。私たちに用があったわけじゃないみたいだけどね。『マルティン見なかった?』って」
「あふふ、似てるぅ」
「先に行ったことを伝えるとすぐに、その場を離れようとしていたわ」
その後ろ姿に声をかけたのは、キャティだった。
「キャティはこの先、つまり今私たちのいるこの場所ね。ここが神にとって危険な場所になっていることを大空の神さまたちに訴えたの。もちろんネコの言うことなんて普通は相手にされないでしょうね。実際大空の神さまも、『ふーん』と言って先へ行こうとしていたみたいだし。だけど」
『確か、あの場所へは風の神が先行していたかと。念の為その様子を観てみてはいかがでしょう』
急に変わったその声に驚いたのは子ネコたちだけじゃない。クロヒョウたちや吹雪ネコさまたち、風ネコさままでが身を乗り出してきた。雪崩ネコさまなんてメカネコたちをボッコボコにしながら「あぁん!?」とリーディアさんに牙を剥いていたよ。こわっ!
「ごめんなさい、つい癖で。話を続けるわね。神さまの中には遥か遠くの出来事を知ることの出来る『神の眼』を持っている方がいるんだけど、大空の神さまもそのうちの1匹なの。そうして見た光景が」
『オレがやられてるところかー』
『違います、風さまの勇姿です!』
『『風ちゃんかっこいー!』』
風ネコさまは『やめろー』と言ってフードの中に潜ってしまった。
「大空の神さまにどう見えたのかはさておき、神に対抗できるものがあることに驚いている様子だったわ。そこにキャティが詳しい説明をした。曰く、名前をそれぞれ『メガロ・カットス』『メタル・カットス』ということ。それぞれに神を削る力があり、神の天敵として作られた存在であるということ。倒すには権能による攻撃が必要で、権能の使用を制限されている神さまたちがこのまま進めば、まず間違いなくここで捕まるということ。だから協力すべきだと言っていたわ」
「そこでアレか」
虚空のマイケルの意識が『雷撃』に向いたのが分かった。巨大メカネコ『メガロ・カットス』にむけてひっきりなしに放たれている。
「だけどあれってぇ、制御がすんごく難しいって風ネコさまにきいたけどぉ」
果実のマイケルの質問には、ライガーの大河ネコさまが口を開く。
『“権能分与”は確かに難しい。受け取る側のネコに多大な負担がかかるからな。しかし完全に無理というわけではないのだよ。雲の神や雨の神のように“力を繊細に扱える神”の他にも、吾のようにネコと“志を共にする”ことで分与が可能になるものもいる。もちろんそれにはネコ側に高い資質が必要なのだが』
「じゃあマタゴンズたちって、その資質っていうのが高かったのかな?」
『いいや。傍から見ていたが、あれらの性質は場当たり的で、享楽そのもの。とても我々に認められるようなネコはいない。唯一、キャティと呼ばれるネコと気の合いそうな神はいるものの、あそこまで盛大に権能を使いこなせるとは到底思えないな。何か別の力を使っているのだろう』
語るべきは語ったという大河ネコさまの視線を受けて、うなづいたのはリーディアさん。
「大空の神さまたちとの話はキャティ主導ですぐにまとまったわ。逃亡するネコ救世軍のスラブをここに追い込んで、まとめて倒そうという話にね。ちょうど雲の神さまたちと合流したこともあって、私たちも協力することで同意した」
だけど、と声色が変わる。
「雲の神さまに聞いてみれば、“巨大メカネコ”が現れたのは初めてだというじゃない。大空の神さまたちが知らないのは仕方のないこととして、雲の神さまたちでさえ知らないことを、どうしてキャティが知っているの?」
『てきとーに名前付けたんじゃねーのかー?』
「いや、対処法まで知っているというのは明らかにおかしいですね」
「つまりは、メガロ・カットスとキャティとの間に何か繋がりがあるのではないかと、そういう話なのだな」
「操っているとかぁ?」
『ネコがアレをだと? どう思う、大河』
『わからん。吾に振らんでくれ』
「でも戦ってるよ?」
「そう見せているだけかもしれん」
『んだとぉ! じゃあアイツぁアタイらの敵ってことかぁ!』
『てきってことかー!』
『ちぇきってこときゃー!』
『おちつけよー』
「そうね。煽るわけじゃないけど、神さまたちも気をつけておいたほうがいいかも。もしキャティとメガロ・カットスに関係があるとすれば、今回攻撃を仕掛けてきたことにも意味があるんじゃないかって思うの。みんなをここにひとまとめにしたのも、何か企みがあってのことかもしれない。あのキャティのことだもの、善意だけで動いているとは思えない。怪しさしかないわ」
『しかしネコが神殺しの兵器など……いや、これは侮りだな』
『オレっちはリーディアを押すぜ!』
『神に恩を売りたかった、というわけでは』
ないでしょうね、と冷気ネコさまが言いかけたところだった。正面にいたメガロ・カットスたちが一斉に、前足の肉球を舐め始めた……!
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