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冷たい雷樹は、その樹冠を空いっぱいに広げきると同時に、鋭い音をたてて砕けてしまった。
氷片がキラキラと散っていく。
空には暗い亀裂だけが残った。奥行きの見えない不気味な裂け目はすぐさまボロボロと崩れて拡がって大きな穴になってしまったよ。その向こう側から、
ぬぅ。
こちらを覗きこむものがいる。ただの黒色とは違う、光を吸いこむ闇色をした、何を考えているのか表情の読み取れない塊は、夢でも見ているような大きさの猫だった。
それを見てどんな種類の脅威を感じたのかは分からないけれど、神ネコさまたちは身を震わせ、足をもつれさせながら地核ネコさまに駆け寄った。
『地核さま、自分たちにも権能の使用許可を!』
波を泡立てながら流れネコさまが懇願する。巨大スナネコは闇猫から目を離すことなく尋ね返した。
『権能を使えるようにしたとして、それでどうするんだい』
『それはもちろん――』
『その子を逃しはできるだろう。君たちもあわよくば助かるかもしれない。けれど、あの子たちを守れはしないね』
責めるような言い方じゃなかった。ただ、目の前に集められた細神たちを見て、流れネコさまは地面をぎゅっと踏んだよ。
『可能であれば、ご助力を……』
『あれを相手にか』
巨大なスナネコは、器の中に詰まった“砂のような輝き”をすぼめて見せた。
『来るで!』
黒猫が無言でしっぽを振り下ろす。すると割れた空の狭間から闇猫がぬるりと頭をもたげて口を開いた。前足がすでに1本こっち側に入ってきている。それを見た星屑ネコさまたちは、『地核さま!』『地核さん!』とヒステリックな金切り声をあげ、必死になって権能の許可をと訴えかける。けれど地核ネコさまは応じない。
『じいちゃん』
大空ネコさまの声もすがるようだった。ただ、
『ワイらのケツや、ワイらで拭かないかんやろ』
慌てふためく神さまたちの前に1匹のトラが躍り出た。大空ネコさまの前に立った大気圧ネコさまは構えて声を張る。するとにわかに無色のトラの身体の周りが歪み始めた。それを見てハッとしたボブキャットが『まて』と止めさせようと近づくけれど、トラは振り返りその奥にいる神を見て、たしなめるようにこう言った。
『大空さんもしゃんとして下さい。罰ならみんなで受けますから。あとは覚悟――』
その時、周囲が暗くなった。音も消えた。
一瞬、ふぅぅ、と耳の後ろに息を吹きかけられたように空気が流れた。どこからともなく吹いてきた風が闇猫への中へと吸い込まれているらしい。空気は凍えるほどに冷たくて、神さまたちは声を絞り出して唸り声をあげている。ジャガランディとオオヤマネコは耳を塞いでその場に身を伏せてしまったよ。そうしないと耐えられないくらい恐ろしかったのかも知れない。でも――。
「平気だよ。見て」
えっ、と顔を上げたジャガランディたちがどんな顔をしていたかは見なくても分かった。自分たちが怯えているのにネコがまっすぐ前を見ていたんだからね。
茶色いマイケルは続けて言った。
「大丈夫、ほら、頑張ってくれてる」
指をさした先、闇猫の動きが止まっていた。その手前にいる黒猫も、しっぽを揺らしかけたまま苦しげな呻きを漏らしている。
なんで、という声を聞きながら、子ネコはマークィーの背中に跳び乗った。うしろにズム、ズム、ズム、と3匹が乗ったのを確認すると、目を閉じて、意識の先を芯へと向けていった――。
――ひとつ、大きな光を見つけた茶色いマイケルは、ためらいなくそれを胸の内に受け入れる。光と自分がひとつになっていくのが分かったよ。すると今度は別の光が4つ見えてきた。子ネコは4つの光へと近づいて、それぞれの震わす音に耳をかたむけ身を任せる。温かな響きが流れ込んでくる。光が大きくなるのを感じる。思いがひとつになっていく――。
パチッ、と目を開いたとたん、子ネコたちを背に乗せたマークィーは暴れ馬みたいに宙をかき、らせんを描いて空を翔けのぼった。巨大スナネコの頭の上まではあっという間で、うなだれた大空ネコさまの姿がもう豆粒だ。
『頼んだよ』
優しいほら貝みたいな声が言う。
茶色いマイケルは『白い群』と『雲派閥』の神ネコさまたちにも頷きを返した。そして、
「神ネコさま、力を貸して!」
子ネコは神ネコさまたちに大きな声で呼びかけた。時をおかずクレーターの底に集まった100万匹の神ネコさまたちが輝きを増していく。彼らをとりまく鮮やかな光は、シャボンのおもてを泳ぐ虹色みたいだ。
その鮮やかが動き出す。
「一緒に、世界を取り戻そう」
もしかして、虹はこんなふうに昇るのかもしれないな。微睡むような輝きが勢いよく噴き上がり、目的地に向かってアーチを描く。
4匹のマイケルとマークィーは、声を揃えて駆け出した。
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